第13回「仕事の分担」

仕事の分担

 もう二十年近く前のことですが、W先生とお話をしていたら、家で洗いものは全てご自身がやっていらっしゃるということでした。「偉いですねえ」と感心したら、「いや。単に根競べなんだよ。」というお答えです。W先生のおっしゃるには、台所の流しにだんだん食器がたまっていた時に、どの程度まで我慢できるかによって役割分担が決まるのだそうです。W先生ご夫妻の場合には、奥様の方がそのような状態に「耐性」が強いので、結果的にW先生が先に音を上げて洗い物をすることになるとのことでした。

 我が家でも似たようなもので、確かに家事の分担は、根競べによって決まることが多いようです。僕は、食べるものは毎日同じものでも構わないたちなで、必要なら一週間分の量の食事を作っておいて、毎日それを食べてもそれほど苦になりません。一方で、妻は食に対する一家言を持っていますから、そのような状況は自称グルメのプライドが許しません。結果として食事の用意は妻の分担になります。一方で、洗濯物干しを妻に任せたら、ワイシャツの襟などが折れ曲がったまま干されかねませんから、洗濯物は僕の分担になります。もっとも、子供の世話だけはさすがに根競べというわけにはいきません。子供が弱ってきて先にかわいそうに思った方が世話をする、などと言ったら立派な虐待です。なので、二人で公平に分担していました。子供が幼稚園と託児所に通っていた時などは、朝に幼稚園に送る係と、夕方に託児所に迎えに行く係を半々に決めて、昼に幼稚園から託児所に送ってもらうのには、双方の実家の祖父母に頼っていました。

 今でこそ、大きな学会に行くとたいてい託児所が準備されていますが、十数年前はそんなこともありませんでしたから、子供が小さい頃は学会会場で遊ばせながら講演を聴くなどということもよくありました。ところが、子供が学校へ上がると、今度は学校を休ませるわけにいかない、といった別の問題が生じます。そして子供が高校生になった今は、「世話」というレベルでは問題はなくなりつつあります。子供の成長につれて、問題点は刻々と変わっていきますし、さらには一定の時期を過ぎると、子育ても今度は「人ごと」になってしまいます。昨今取り上げられることが多い男女共同参画の問題の難しさは、そのようなところにも原因があるのでしょう。考えてみれば、うちなどでは妻の尻に敷かれることが一番の男女共同参画になっているのかもしれません。

2013.07.01 (文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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