第14回「論文作成昔話1 タイプライターの時代」

論文作成昔話1 タイプライターの時代

 近頃、学生がレポートなどで作ってきたグラフについて「縦軸の目盛りの振り方を改善して」といった指示を出すと、「でも、Excelで作ったらこうなるんです」という答えが返ってくることが増えました。なんだかExcelが人間を使っている感じで、その昔、新人類と呼ばれた世代の僕も、思わず「近頃の若いもんは」というセリフを使いたくなってしまいます。年ですね。「そもそも、ソフトウェアをデフォールトの設定だけで使おうとするのは怠慢である。たとえ設定の仕方がわからなくても、作製したグラフを一度グラフィックソフトに取り込めば、そこで自由に目盛りを修正することができるはずだ。」といった具合にグラフの作り方についてくどくど説明することになります。日頃の僕の口調を知っている人は、学生に同情をおぼえるかもしれませんね。もっとも返ってくる反応は「そんな面倒なことをしなくてはいけないんですか?」という場合も少なくありません。そうすると、「昔はだなあ」とますます年寄りじみた過去の苦労話を始めることになります。毎回同じ話を繰り返すのも飽きてきたので、いっそのことこのコラムに書いてしまうことにしました。読者にはいい迷惑かもしれませんが、今回、次回、その次の回は昔話です。

 僕が最初に英文を打ったのは、高校生の頃、家にあった手動のタイプライターでした。これは、指でキーを押すと、その勢いで、柄についた活字がインクリボンをたたいて紙に字が書ける、というものですから、強く打つと濃く印字され、弱く打つと薄くなります。今だと、このようなアナログな応答は、むしろ圧力感知などといって評価の対象になる場合もありますが、当時は弱点でしかありません。薬指や小指はどうしても力が弱いので、意識して強くたたくようにして均一な濃さで印字させるのが腕の見せどころでした。コピー機が一般的になる以前は、紙とカーボン紙を重ねてタイプライターに入れて字を打つことによって、原稿を複数部用意したそうです。その際には、力を込めて打たないと下の印字が薄くなるのでさらに大変だったそうですが、さすがに僕が大学に入ったころには、コピー機は一般化していました。

 卒業研究のために研究室に入ると、IBMの電動タイプライターがありました。これだと、活字の動きは電動ですから、キーを押す力には依存せず、均一な印字が可能です。しかも、活字をセットにしたボール状のものが動いて印字するようになっているので、ボールを取り換えることにより、ギリシャ文字などの特殊文字も打てるようになっています。打ち間違いを消す時は、特別なキーを押すとインクリボンが修正リボンに切り替わるので、位置を戻して修正リボンを使って同じ文字を打つと、字が消える仕組みです。間違えたときにすぐに気付けば、この方法で修正できるのですが、そのまま打ち続けてしまうと、後から修正するのは大変です。それでも、ある文字を別の文字に打ち間違えた場合は、修正液を塗って、綿密に位置合わせをしてからもう一度文字を打てばたいしたことはありません。悲惨なのは、字を飛ばしてしまったり、別の字を余計に入れてしまったりした場合です。泣く泣く、間違い以降の行を全て修正液で消して、打ち直すことになります。DNAの配列に変異が入った時も、変異によって配列の長さが変わる場合にはフレームシフトを起こして変異の影響が大きくなります。タイプライターを使っていると、フレームシフトの原理を直感的に理解できたものです。(つづく)

2013.07.08 (文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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