第28回「子供の成長」

子供の成長

 よその家の子供がちょっと見ない間にぐっと大きくなっているのはよく経験します。そのたびに、子供の成長は速いものだなあ、と思っていたのですが、自分に子供ができて毎日見ているとそれほど成長が速いようには思えません。赤ん坊のころなどは、早く大きくなって手がかからなくなって欲しいと思い続けていましたが、子供は一足飛びには成長しません。ですから、人の子供がちょっと経つと大きくなっているのは、子供の成長が速いというよりは、時間が経過しても記憶は成長しないので、しばらく見ない間に記憶と現実の間のギャップが大きくなるのが原因でしょう。

 いかにもありそうな話なので、そう信じていたのですが、子供の成長につれて、ギャップの要因はそれだけではないことがわかってきました。子供が小学生になったころ、学会などで二三日出張して帰ってくると、子供が大きくなっているのです。物理的に二三日で子供が大きくなるはずはありませんから、単に時間がたったことによる記憶のギャップが原因なら、成長の差はほとんど感知できないレベルのはずです。ですが、これは一回だけのことではありませんでしたし、僕も妻も別個に体験しているので、個人の感じ方の問題でもありません。

 つらつら原因を考えているうちに思ったのは、人間の記憶というのは最新の記憶で完全に上書きされるものではなくて、それぞれの時点での記憶の総和なのではないかということです。ただ、昔のことはだんだん忘れるでしょうから、通常は最新の記憶が一番頭に残るはずです。一方で、昔のことでも印象深い出来事はいつまでも覚えています。子供も小学生になると毎日が同じ繰り返しになってきますが、もっと小さい頃は、一日一日に大きなドラマがあったりします。どれだけ印象的か、という面からすると、子供が小さい頃の出来事の方が記憶に残るように思います。二三日の出張で、一番新しい記憶がなくなると、昔の印象の強い記憶が表に出てくるのが、出張から帰ってくると子供が成長している理由かもしれません。

 もっとも、もし記憶が時間とともに単調に薄れていくとすると、数年前の記憶がいくら印象深くても、新しい二三日前の記憶の方がやはり残るでしょうから、短い出張で子供が成長して見えることを説明するのは難しそうです。一方で、最初の二三日の間に急激に記憶が薄れるけれども、その後は時間がたってもわずかずつしか記憶に変化がないとすると、それほど変わらない以前の記憶の中で、印象の強いものが浮上してくることをうまく説明できます。つまり、この仮説が正しいとすると、記憶の薄れ方は、最初の二三日と、その後の期間で異なり、二相性を示すはずです。さて、実際にはどうなのでしょうね。

 ちなみに、僕の指導教官だった加藤栄先生は、二三日出張に行って帰ってくると、必ず研究の進行状況を学生に聞くので、某先輩などは、普段から学会出張帰還用のデータを用意しておいて、先生が学会から帰っていらしたときにそれを使っていたぐらいです。学生は「普段は二三日で研究が進むとは思っていないのに、何で出張の間には研究が進むと考えるんだろう」と言い合っていましたが、実は上で考えたような記憶のメカニズムが理由なのかもしれません。

2013.10.21(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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