第3回「辞書と言葉」

たわむ

 先日、ある学生と話していたら、「たわむ」という言葉を知らなかったので驚きました。ここは教育者たるものきちんと教えねばと、「力がかかってものが変形する様子」だと意味を説明したら、「しなう」とはどこが違うのかと聞き返されて答えに詰まりました。感覚的には、比較的硬いブロックなどが変形するときに「たわむ」という言葉を使い、細長い棒などの場合に「しなう」という気がしますが、どのように定義しわけるか、と聞かれるとどうもはっきりしません。しょうがないので、しおしおと辞書に頼ると、そもそも「撓む」と「撓う」で漢字は同じです。最近字を書かない人間には、それだけでも発見ですね。「しなう」の説明には「弾力があってたわみ曲がること」とあるので、二つの言葉は、現象としては同じなのだけど、弾力の大小が差になっているようです。とすれば、弾力のある細長い棒の時に「しなう」を使うという感覚も説明できます。とりあえず辞書の助けを借りて教育者の面目を保ちました。

 もっとも辞書が必ずしも正しいとは限りません。例えば、「光合成」を岩波書店の生物学辞典の第四版で引こうとすると「こ」の所には存在しません。「抗甲状腺物質」の次は「口腔腺」に飛んでしまいます。不思議なことに、後ろの索引を見るとこちらには「こ」の所に光合成が載っているので、そこに指定されたページを見ると「ひ」の所です。本編では「ひかりごうせい」で引かないと見つからない仕組みなのです。面白いのはその解説文で、冒頭が「’こうごうせい’。」。「’こうごうせい’ともいう。」ではなく、単に「’こうごうせい’」。何なんでしょうね、これは。他の項目ではこのような読み方の説明はありません。辞書の編集方針で、光合成を「ひ」の項に載せなくてはならなくなったが、項目を執筆した光合成研究者が、せめてもの意地で光合成は「こうごうせい」と読むんだぞ、というメッセージを残したんでしょうか。小さなドラマを想像させます。ポケモンだって「くさタイプ」のものは「こうごうせい」の技を使う時代に、何で岩波の生物学辞典は「ひかりごうせい」なんだろうと思っていましたが、今年の二月に出た第五版では、「こ」のところに光合成がめでたく復活しました。みなさん、生物学辞典を使うなら新しい第五版にしましょう。

2013.04.22 (文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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