第31回「学生との会話」

学生との会話

 大学を職場としていて素晴らしいことの一つは、若い学生と話すチャンスが多いことです。しかも、成長する学生の場合、短い時間でどんどん変わっていくのには驚くばかりです。卒業研究で研究室に配属されたばかりの学生が、一年上の卒業していく学生の卒業研究の発表を聞くと、たいてい難しくてわからないと文句を言うのですが、一年たつと、自分でその難しかった話をペラペラしゃべるようになります。そして、「もう少し丁寧に説明しないと新しい卒研生には難しくてわからないよ」と注意すると、信じられないという顔をする場合さえあります。二十歳すぎても人は案外成長していきますね。たまに、あまり変化のない学生もいますが、まあ、どこで生長するかは人によってそれぞれですから、それほど目くじらを立てることでもないでしょう。

 研究室に配属されたばかりの学生と研究の話をすると、ある程度研究になじんだ学生と違ういくつかの特徴があることに気づきます。一つ目は、逆接の接続詞で言葉を切ることです。「実験をしたら、これこれの結果が出たんですが・・・」といって話が切れます。普通、接続詞と言うのは何かとつなげる言葉のはずですが、後につながりません。要は、自分の判断は保留して、相手に助け船を出してもらいたいのでしょう。そのような時は冷たく「ですが、何?」と聞き返すことを繰り返すと、そのうち、きちんと自分の考えを続けて話せるようになります。

 二つ目は、仕事がうまく進んでいる時に報告に来て、つまずいた時には報告に来ないことです。本当を言えば、仕事がうまく進んでいる時は、そのまま進めればよいので、極端な話報告に来る必然性はありません。一方、つまずいた時には、一緒に考えることによって問題点を解決できる可能性があるので、そのような時にこそ議論が必要なはずです。ところが、研究に慣れていないと、よくない結果を持って行くと能力がないと思われるかもしれない、といった意識がはたらくようです。僕の指導教官だった加藤栄先生は、僕が学生の頃「園池君は次々へんてこなデータを持ってくるねえ」とおっしゃっていましたが、自分が指導する立場に立つと、へんてこな結果が出たときにすぐに持ってくる学生の仕事はよく進むことが実感できます。

 三つ目は、実験の結果得られたデータを持ってこないで話をすることです。「実験をしたらこれこれの結果が出ました」と口で説明するだけでディスカッションを始めようとします。いちいち「データを見せてごらん」と言うところから始めなくてはなりません。経験を重ねると「サイエンスはデータが命だ」ということが身にしみますから、成長した学生の場合はこのようなことはなくなります。

 こんなことを大学で続けていると、つい癖になります。昔、まだ子供が3歳ぐらいの時のことでしたが、子供がコップを持ち上げて「ミルク!」と言ったので、「ミルクがどうした?」と冷たく聞き返したら、そばにいた友人が呆れていました。

2013.11.12(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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