第38回「留学思い出話3 生活に慣れるまで」

留学思い出話3 生活に慣れるまで

 住む場所も決まり、翌日には簡単な実験も始めて生活も軌道に乗るかと思いきや、なかなか慣れないことも多く、しばらくの間は試行錯誤の連続でした。一つの理由は、僕自身、アメリカではもちろん、日本でも一人暮らしをしたことがなかったことにあります。コインランドリーの場所を教えてもらって洗濯に行っても、そもそも何をすればよいのかがわかりません。あたりにいる人に聞けば教えてくれるのでしょうけれども、「洗濯ってどうやるんですか?」と聞くのはあまりにも間が抜けている気がします。仕方がないので、科学研究の基礎に立ち戻って、まずはじっくり観察することにしました。しばらく人の動きを見ていると、みな、洗濯機の上部のスライド装置のようなところにクォーターと呼ばれる25セント硬貨を3枚並べて、ガシャンと押し込んで洗濯機を作動させています。洗剤は、小さな使いきりパックを自動販売機で売っているのですが、ほとんどの人は、持参した洗剤を使っています。洗濯が終わると乾燥機に移して、こちらは、25セントで10分間機械が動くようになっているようです。洗濯の仕方を解明するのに30分ほどの観察が必要でした。最初はそんなこんなで時間を取られ、「自分は何しにアメリカに来たのだろうか」という思うこともありました。

 英語の方は、1対1の会話は、わからなければ聞き返せるので何とかなりましたし、研究室のミーティングなどでも皆丁寧にしゃべってくれるので何とか最低限の情報をつかむことはできましたが、全く理解不能だったのが2つありました。一つは、テレビの漫談のような番組です。ホームドラマなどは登場人物の動きを見ていれば、状況を把握できるのでよいのですが、男性が一人舞台の中央にいるだけです。なにやら(おそらくは政治諷刺など?)しゃべると、観客が次々大笑いするのですが、面白みはもちろん、何について話しているのかさえわかりません。風刺される対象を知らないと難しいのでしょう。もう一つは健康保険です。手続きが必要だからと呼び出されて説明を受けたのですが、呼び出された用件を聞いていなかったら、何についての説明だかすらわからなかったでしょう。最後に「わかりましたか?」と聞かれたのだけはわかったので、断固としてNOと答えたら、それほど意外そうでもなく、主な選択肢は歯科の保険をつけるかどうかで、それをつけても大学がカバーする範囲に収まるから個人負担はないよ、と簡単に説明しなおしてくれました。心の中では「それだけのことなら最初からそう言ってくれ」と思いましたが、きっと、これこれのことを説明しなくてはいけないといった決まりがあるのでしょうね。

 普段の買い物は、近くのスーパーマーケットを使い、衣料品などをまとめて買うときは、少し離れたショッピングモールに誰かに車で連れて行ってもらいました。スーパーマーケットで買い物をするのも、慣れるまでは案外大変です。大きく印刷されているブランド名は、なじみのないものが多いので、いちいち小さな活字を読んで、中身を確認しなくてはなりません。魚は2種類しか売っておらず、しかも、どちらも凍結解凍を繰り返したとしか思えない代物でした。その代わり、牛肉は色々な部位のものが豊富にありました。今では日本の小さなスーパーでも色々な部位の肉を売っていますが、当時は珍しかったので、片端から試してみました。味と値段が比例しないように思えましたが、これは日本人と好みが違うせいなのかも知れませんね。

 最初にショッピングモールに行ったときには、クレジットカードを作れば割引になるからと勧められて手続きをしたのですが、10日ほどして手紙が届きました。冒頭に「申し込みを受けたが、審査の結果認められなかった。その理由は」という段落があって、次にページの真ん中に大きな太字の活字で「信用の欠如」と(もちろん実際は英語で)書いてあります。こちらは1年も滞在しない予定なのでしょうがないとは思いますが、日本だったら、こんな「お前は信用がないぞ」といった書き方はしないでしょうね。銀行に口座を作れば、手続きさえすれば小切手は使えるので、その後アメリカに滞在している間は、買い物の支払いは小切手を使っていました。(つづく)

2014.1.6(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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