第6回「春の歌声」

春の歌声

 今では旅行に行った際についでに鳥を見るぐらいですが、高校から大学にかけては日曜ごとに早起きをして日本野鳥の会の探鳥会に参加していた時期がありました。せっかく鳥を見に行くのであれば、なるべく多くの種類を見たいと思うのが人情で、多くの鳥が一番囀るのは夜明け前後です。高尾山の探鳥会などは高尾山口の駅に、確か日曜日の朝7時に集合で、家を5時半に出るなどということもざらでした。何を好き好んで日曜日にそんな早起きをしなくてはいけないのか、と思わないでもありませんが、まあ、遊びのために早起きできるのは、若さの証拠でしょう。

 早起きをして高尾山に行くと、実にさまざまな鳥の声を聞くことができます。しかし、その中でしっかりと姿を拝めるのは実はそれほど多くありません。オオルリやホオジロのように木のてっぺんで囀る鳥の場合は良いのですが、シジュウカラ、ヒガラ、ヤマガラ、エナガなどは枝から枝へと素早く移るのでじっくり眺めるというわけにはいきません。キビタキやセンダイムシクイなどですと、すぐ耳元で囀っているのに姿を見つけられないことさえあります。まさに「声はすれども姿は見えず」という状態です。逆にいえば、森の中で視界が悪いからこそ、囀りという手段が発達したのでしょう。

 ただ、せっかくの囀りも、都会のように騒音の多い場所ではかき消されてしまいかねません。そのような場合、シジュウカラでは、騒音に負けないように囀りの音の高さを高くするのだそうです。囀りの音の高さなど一定に決まっているのかと思ったらそうでもないのですね。鳥も「声を張り上げる」ことがあるわけです。面白いことに、2011年にオランダで行なわれたシジュウカラの研究では、そのように雄が「無理に」高い声を出した場合には、普通の声を出している場合と比べて雌を引き留める確率が低下してしまうと報告されています。声を張り上げなければ雌に聞こえないかもしれず、張り上げたら張り上げたで雌に振り向いてもらえないのでは、なかなかシジュウカラも大変です。環境が悪いと無理をせざるを得ず、無理をすればそのしわ寄せが来る、というのはシジュウカラだけではなく、人間でも植物でも同じでしょう。以前、強光ストレスの下でも頑張って野生型を上回る光合成をするシアノバクテリアの変異株を研究していたことがありますが、この変異株は、ストレスにさらされる時間が長くなるとぱたりと死んでしまいます。頑張り過ぎは健康によくないということでしょう。みなさんもお気をつけて。

2013.05.13 (文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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