第6回「出ては消えた話」

  年が明け2015年になった。皆様、本年もよろしくお願いいたします。 実は6回ということで、このコラムを書き始めたが、結構無駄話が多くてページが増えてしまい、申し訳ございません。もう少し皆様のご辛抱をお願いし、あと数回ほどよろしくお付き合い頂ければ幸いです。

 さて、年末のテレビで例の万能細胞さわぎの“結末”が放映されていた。あの事件は“主役”の若い女性研究者がズサンなノートしかとってなかったとかマスコミが叩いたりして、現役時代まともなノートなど書いていなかった筆者などやっぱり定年で辞めてよかったなあと改めて思ったり・・・。それはさておき、今回は昔筆者が見聞きし体験した「似たような話」を思い出しご紹介しようと思う。似たようななどといってしまったが、例の細胞の話は、テレビと新聞で見た以上のことを筆者はほとんど何も知らないから、本当に「似たような話」なのかどうかもっと先になってみないとわからないことを予めご承知頂ければ幸いである。

 さて、光合成の世界での「似たような話」である。出てはまもなく消えた話がいくつもある。いくつか取り上げてみよう。いずれも40年以上前の話である。ここで取り上げるモノは明反応の世界ではその当時最もhotなテーマの一つだったいわゆるprimary electron acceptor(初発電子受容体)に関連したお話である。

 まずは前回出てきたFRSである。これは、acceptorが遂に見つかったというノリで出てきたから大騒ぎになった。その前後(1960年代後半)にはいくつものacceptor関連の論文が登場している。覚えているだけで、PSIの還元側の話では、FRSの他、CRS、phosphodoxinが、またPSIIではC550がある。バクテリア光合成では、pteridine、ubiquinoneとP450がある。これらは、ユビキノンを除いては覚えている人も少ないのではないか。一つ一つ少し詳しくお話しよう。

 FRSについては前回紹介した。CRS(cytochrome reducing substance)は、既にHill試薬の一つとして知られていたシトクロムc(ウマなどの動物由来)は、“良く洗った” シアノバクテリアの音波破砕標品やチラコイド標品では光還元できないが、“洗液”を“精製”するとCRSなるものがとれ、これを入れてやると、光還元活性が戻るという話である。後に(1979-1980)筆者が岡崎基生研で客員助教授だった時の上司故藤田善彦さんがTexas大学に居られた時の仕事(PCP 7(1966)599)である。 Phosphodoxinはサイクリック回路での光リン酸化の必須因子としてサンピエトロ研から出てきた。

 と、ここまで書いてきて、もっとよく調べてみようとネットや図書館で古い原典に当たることにした。その結果、実に多くの報告が出てきてしまった。読んでまた孫引きを調べたりなどとやっているうちに1月も終わりそうになっているのに気づき、「新年おめでとう」などと始めた今回のコラムはこの辺でまとめて、詳しくは次回にする。なにしろ藤田さんのCRSは1965年のProcNASに始まり上記PCP論文を含めて1967年まで7編以上も書いていることが分かったし、PhosphodoxinもPteridineもこのCRSにかなり深く関連していそうなのでもっとこうした関連論文をしっかりと読んでみたいと思ったわけである。

 興味深いのは、CRSは、FRS(Ferredoxin Reducing Substance)の前に出ていたことで、こちらもPSI関連だ。これを1968年頃Philadelphiaの西村研究室で読んで、西村先生、チャンスと連名で書いたサイクリック電子伝達の論文にも引用している。前回述べた1969年のGordon ConferenceでFRSが発表された時、CRS論文を既に読んでいた筆者は、そこに居た多くの人たちと同様に、この名前はCRSに習ってつけられたものだと直感した。

 Phosphodoxinは、後にジョージア大学の教授になりC4光合成で有名になったクラントン・ブラックがケタリング時代にサンピエトロと一緒にやった仕事で、光リン酸化の重要ファクターとして一時はかなり話題になったらしい。ネットで調べたら、そのころの古い文献ばかりのようだが、これまたかなりの数の報告が見つかってしまった。

 Pteridineは今回改めて勉強してみると永い間バクテリアの話だと思い込んでいたのが、実は植物にもあってという話が出てきてビックリ。ちょっと集めただけでもかなりの数の報告が出てきてしまった。そして、CRSにもPhosphodoxinにも関連しそうな記述が出てくる。 。

 そこでまたこの話は次回までにはなんとかまとめたいということで今回は以下にバクテリア関連の雑談をさせていただく。

 筆者がケタリング研究所に移った翌年(1970)の5月に“International Conference on the Photosynthetic Unit”という学会がテネシーのGreat Smoky Mountains 国立公園にあるGatlinburgというリゾート地で開かれた。Gatlinburg Conferenceというのは、毎年いろいろな分野の国際会議が開かれているが、光合成に関する限り、この年が最後のようである。なぜ、この学会を取り上げるかというと、ここでバクテリアのprimary acceptor関連の話がかなり出てきたからだ。あの植物のFRSはわずか1年足らず前の話だったはずだが、何も出てこなかったし、サンピエトロは居たはずだが、ヨーカム君は多分居なかったのではないかと思う。一番注目を集めたのは、“P450”というもの。当時教科書で有名だったR.K.Clayton(1922-2011)の大学院生(と言ってもかなり老けた感じの女性で、クレイトンはミセス・ストレイリと呼んでいた気がするが、今考えるとMrsではなく当時流行りだしたMsだったかも。私の英語耳では区別して聞き取れたか自信は全然ない。余計なことのついでに、ネットで調べるとこの人はその後光合成からは離れてケンタッキー大学の細菌学の教授として活躍中らしい。本題に戻るとクレイトンは確か界面活性剤を使って最初にreaction center preparationを1960年代初めにとった人としても有名だった。これが1987年のMichelらのノーベル賞にも繫がるのだが。彼も2002年に自伝的総説を書いている。2011年に89歳で亡くなったから、当時もう80歳だったろう。これまで書いてきたアーノンもサンピエトロも80歳はるかに過ぎて(ほとんど亡くなる直前だが)こういう自伝的総説を書いていてまだ80には間がある筆者は頑張らなくてはと思ったりする。それはさておき、P450に戻る。ご存じのように生化学では肝臓にシトクロームP450というのがあってオキシゲナーゼとともに薬物代謝(解毒)の重要な立役者として当時から有名だった。この光合成学会にも生化学屋は結構いて、誰か「あのP450とおなじものか?」と質問した人が居た。ヒソヒソと「あの名前はまずいよなあ」と言っている人たちの会話も耳にしたような覚えがある。物理屋のクレイトンも含めて大部分の光合成専門家はあのという質問の意味が分からなかった人が大部分だったという印象がある。筆者はこの日本で発見されたP450という名前は学生当時毎度出席していた酵素化学シンポジウムや生化学会で耳慣れていたけれど正確に理解したのは恥ずかしながら埼玉大学で一般生化学の講義を担当するようになってからだった。それでも存在くらいは知っていた。またまた私事で恐縮だが、筆者がそれから数か月後にP430と命名したのにはこのクレイトンのP450が影響していることは否めない。当時所長を務めていたL.ヴァーノンらもこの学会では先述のpteridineを登場させた。これは初めてではなくR.C.フラーが少し前にバクテリアのprimary acceptorとして提唱したものである。ヴァーノン・キーは少し以前にユビキノンだと言っていたから、キーさんが一部の人たちに「UQはどうなったんだ」などといじめられていた。そのためか、オハイオに戻るとき、往復とも彼の車に2人で乗ってきたのだが、帰りの彼は大変機嫌が悪かったのを覚えている。でも今はプテリジンもP450も消えてしまい、UQは決してprimaryではないがバクテリアのacceptor側に存在することが現在は確立されている。キーさんの実験は閃光分光をUV領域まで広げたもので、技術的には世界でも当時Wittもやっていなかったと思う。キノンらしきものの吸光度変化を見て報告したものである。以前、キーさんの悪口を書いてしまい、小川晃男さんに大変叱られたので、今回は褒めておきたい。申し遅れてしまったが、小川さんとはFRSが出てきた1968年夏のGordon Conferenceで初めてお会いした。その後9月になってキーさんの所に行くことになりヴァーノン研に居られた小川さんに再会した。翌年、このGatlinburg会議の直前、東工大から理研に移ったばかりの恩師故柴田和雄先生の”命令“で帰国されるまでご家族ぐるみで親しくしてさせて頂いた。私は独身だったから、お世話になりっぱなし。その間故藤茂宏先生(当時岡山大学で二つの光化学系ならぬ3つの光化学系説を唱え、これを引っ提げて同じ説を主張していたアーノン先生の所を皮切りにアメリカを遊説して居られたようだ。光合成のメッカの一つケタリング研究所に来られたのも当然である。旧知の小川さん宅で好きなお酒を十分楽しみながら遂には確か「王将」とかいう村田英雄の歌だったと思うが「〽吹けば飛ぶような…..」となかなかの美声で絶唱された。

 さてここまでまたまた雑談ばかりで失礼しました。次回は、「似たような話」のことやC550も含めて、「出てはまもなく消えた話」についてもう少しまとまったお話になるよう努力いたします。ひとつだけ、さっき消えたと言ったpteridineについては、phosphodoxinやCRSとも関連してちょっと面白そうで現在少し調べ始めている。これについてもまた次回書かせていただく。(続く)

2015.1.28
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