No3:増田真二

   (東京工業大学バイオ研究基盤支援総合センター)

Blue-light irradiation reduces the expression of puf and puc operons of Rhodobacter sphaeroides under semi-aerobic conditions.

Shimada, H., Iba, K., and Takamiya, K.
Plant Cell Physiol. (1992) 33: 471-475.

 私にとって思い入れのある、紅色細菌の光合成遺伝子発現に関する標記論文を紹介する。

 私の光合成研究の始まりは、修士2年次、10ヶ月交換留学した豪州クイーンスランド大McEwan研究室に遡る。当時私は、大腸菌プラスミドの複製機構を調べる修士論文研究を行っていたが、どうしても一度海外で研究をしてみたいとの思いが募り、発足したばかりの交換留学制度に応募した。留学を決意した修士1年の夏に前倒しの就職活動を行い、辛くも話を聞いてくれた某食肉加工会社への内々定を取り付けた上で、修士一年次が終わる頃渡豪した。McEwan研究室で与えられたテーマが紅色細菌の色素合成制御に関するものだった。大腸菌とは違い、菌の色が目まぐるしく変化する様子が面白く、結局それ以来20年ほどこの菌を使って研究をしている。

 McEwan 研究室には、私だけでなく、様々な国から来た留学生がひしめき合っていた。つたない英語で彼ら彼女らと話をしていると、「研究は国境を越える」ことが実感でき、アカデミックな研究がとても魅力的に思えた。結局内々定先の就職を断り、博士課程に進学することに決めた。帰国後、McEwan教授と旧知だった都立大・松浦先生/嶋田先生の研究室に移り、博士論文研究を行った。

 紅色細菌の色素合成に関する研究の歴史は古い。生理学的な解析が50~60年代に行われ、光合成色素の合成は、高酸素分圧と強光によって厳密に抑制を受けることが報告された。これは活性酸素の生成を抑えるためと理解されている。80年代になり、よりモダンな分子生物学的解析が行われ、光合成遺伝子の同定やプロモータ解析が進んだ。私が研究を始めた90年代は、テキサス大のSamuel Kaplan、インディアナ大のCarl Bauer、ドイツのGabriele Klugらが精力的に研究を行っていた。当時、彼らの興味は光合成遺伝子の発現を制御するセンサータンパク質の同定にあった。順遺伝学的解析により、様々な色素合成変異体が単離され、光合成遺伝子発現に関わるレドックスセンサーが次々に明らかにされていた。

 そんな中、標記論文が日本から発信された。first authorは現広島大の島田裕士先生、second authorは九州大学の射場厚先生、last authorは当時東工大におられた高宮建一郎先生である。著者らは、強光による光合成遺伝子発現抑制の波長依存性を、シンプルなノーザンハイブリダイゼーションにより調べた。多くの研究者がセンサータンパク質の同定に突き進んでいた中、このような生理学的な解析は当時異色だった。結果は明確なもので、青色光によって抑制がかかることをはっきりと示していた。しかし、この結果の重要性を多くの関連研究者は当時認識していなかったように思う。実際、発表直後あまり引用されていない。唯一、Bauer氏だけはその重要性を認識したようで、当時のCell誌のレビューで引用している(Cell 85: 5)。

 私は2000年に博士号を取得した後、Bauer氏のラボのポスドクとなった。彼は当時、この標記論文で存在が予期された青色光センサーの同定に燃えていた。順遺伝学的に単離した転写因子が青色光センサーだ、という仮説のもと研究を進めていたが、私が行った時は、五年越しの研究により、その仮説は破棄されたところだった。私は彼と話し合い、競争相手であったKaplanラボで数年前に単離されたフラビンタンパク質が青色光センサーではないか、との仮説をたてた。二年後、この仮説はあたり、このタンパク質が光合成遺伝子の発現を抑制する青色光センサーであることを突き止めた(Cell 110: 613)。

 その後私は、理化学研究所の小野高明先生(現茨城大)の研究室でポスドクをした後、標記論文を発表した高宮先生のラボに助手として着任した。その数年後、色素合成制御のON/OFFを決定する、フラビンとアポタンパク質間に形成される水素結合を同定することができた(J. Mol. Biol. 368: 1223)。標記論文で報告された表現型を、この研究室で、水素結合一本まで還元して説明することができ、個人的に感慨深かった。

 このように標記論文は、私の研究者人生の初期段階において常に重要なものであった。ひょっとすると実際の著者よりも思い入れがあるかもしれない。

 多くの論文は、発表後2~3年目にもっとも引用されると聞く。この論文は、調べてみると、発表後15年目に被引用回数のピークがくる。インパクトファクターには現れない価値を感じる。このような論文をいつか書いてみたいと思う。

2013.04.19 増田真二
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