No5:田中寛

   (東京工業大学資源化学研究所)

Nuclear encoding of a chloroplast RNA polymerase sigma subunit in a red alga

Kan Tanaka, Kosuke Oikawa, Niji Ohta, Haruko Kuroiwa, Tsuneyoshi Kuroiwa and Hideo Takahashi
Science (1996) 272: 1932-1935.

 光合成学会ホームページの記事ということで、私のこの研究分野への扉を開いてくれた上記の論文を紹介したいと思います。

 まず背景を述べます。私が大学院生時代(1985-1990)を過ごしたのは東大の応用微生物研究所、齋藤日向先生、高橋秀夫先生の研究室で、同じ研究所に宮地重遠先生がおられましたが、研究室としても光合成分野との接点は殆どありませんでした。私自身は放線菌を主に扱っていましたが、当時、バクテリオファージの増殖や枯草菌の分化が、RNAポリメラーゼの転写特異性の変化と結びつけられつつあった。Losick博士(Harvard大)などを中心に、細胞分化が特に転写開始因子であるシグマ因子の多型性とその置換(シグマカスケード)により説明されつつあった時代です。放線菌はバクテリアでありながら基底菌糸、気中菌糸、胞子という明確な細胞分化を行ない、いかにもシグマ因子が活躍していそうな系です。それは誰でもが思うことですから、他のバクテリアで成功していたような生化学的手法、遺伝学による転写装置の実体解明が諸処で行なわれていたのですが、何故か殆ど誰も成功していなかった。そういう状況でした。

 シグマ因子を捕まえて放線菌の複雑な分化を明らかにしよう、と思ったのが修士の2年生の時です。かなり自由に研究させていただいていましたが、逆に言うと一人だけの単独テーマ。生化学や遺伝学の経験もない。残るは逆遺伝学ですが、当時は放線菌のゲノム情報などほぼ皆無。タンパクが精製できればN末をエドマン分解で決定し、そこからDNA配列を逆読みしてオリゴDNAを設計、遺伝子をハイブリで釣り上げて解析というのが常法の時代です。タンパク質情報がなければ何も始まりません。仕方がないので、大腸菌や枯草菌で次々に出てくる論文を眺めていたのですが、一つ気がついたことがあります。大腸菌も枯草菌も複数のシグマ因子を持っていて、これらは互いに良く似ているのですが、遺伝子同士でハイブリダイズする程には似ていません。しかし、一つだけ例外があって、大腸菌と枯草菌の主要シグマ因子同士が異常に良く似ているのです。250アミノ酸にわたる相同領域全体で、一つのスペーサーも入れずにアラインメントが取れます。また、十数アミノ酸も連続して完全保存されている領域もあり、これらバクテリアが10億年以上も昔に分岐したと考えると驚異的な保存性です。それならば、バクテリアである限りは同じ配列が保存されているはずだと考え、保存領域を逆読みしてオリゴDNAを設計して検索したところ、試した全てのバクテリアから主要シグマ因子遺伝子を検出することができました。さらに、放線菌には複数の主要シグマ因子を捕まえることができ、この結果を誰も予想していなかったことから運良く1988年にScience誌に掲載されました(Tanaka et al. (1988) Science 242, 1040-1042)。ここまでがイントロです。

 さて、主要シグマ因子ならどんなバクテリアからも捕捉して研究できる。そういう状況になりましたので、いろいろなバクテリア分野の研究を概観しておりました。そこで気を引かれたのが葉緑体です。葉緑体はシアノバクテリアの細胞内共生に由来し、固有の環状ゲノムを持ちます。ここにコードされる遺伝子はバクテリア型であり、バクテリア型のRNAポリメラーゼサブユニット遺伝子も葉緑体ゲノムから見つかっていました。そして1986年にゼニゴケ(京大)、タバコ(名大)で葉緑体ゲノムの全構造が遂に明らかにされ、RNAポリメラーゼサブユニットのうち、シグマ因子の遺伝子だけがどこにも見つからないことが判りました。この事実、論文発表当時には私はノーケアだったのですが、その後に気がついて驚愕しました。細胞共生の後、シアノバクテリアに由来する多くの遺伝子は核ゲノムに移行し、細胞質で翻訳されてから葉緑体に輸送されて機能することが知られています。もし、RNAポリメラーゼのサブユニットのうち、転写開始特異性を支配するシグマ因子遺伝子が核ゲノムに移行していれば、葉緑体遺伝子発現のスイッチを核が握っていることになります。さらに、核コードのシグマ因子が複数あれば、葉緑体が分化する際の逐次的発現、つまりシグマカスケードが葉緑体でも起きているかもしれません。これは面白い!細胞共生を経て、葉緑体はバクテリアとしては極端な進化を遂げてきたはずです。細胞核に移行したシグマ因子でも上記の保存配列が残っていれば、植物細胞の分化に一気に研究を進めることができる。そう考え、そこから本気で植物核ゲノムからのシグマ因子遺伝子検索を始めました。

 ところが、そう簡単に話が進むものではありませんでした。当初はモデル植物としての地位を確立しつつあったシロイヌナズナのゲノムDNAから検索したのですが、全く引っかかる気配がありません。陸上植物よりは原始的と考えたクラミドモナスも試しましたが、見つかりません。ともかく、保存配列から設計したオリゴでは全く取れる気配がない。それならばと、葉緑体の祖先に近いシアノバクテリアの遺伝子をプローブにして引っ掛ける計画を立て、パスツール研究所から幾つかのシアノバクテリア株を取り寄せたのが、私がシアノバクテリア研究を始めた最初です。シアノバクテリアからは、何の問題もなく保存配列を用いた遺伝子単離に成功しました。Synechococcus elongatus PCC 7942株からはrpoD1からrpoD4まで、当初4遺伝子を単離していきましたが、時計遺伝子の検索からrpoD2遺伝子に行き当たっていた近藤孝男先生と石浦正寛先生(当時、基生研)、さらにSusan Golden先生。また、ヘテロシスト形成とシグマ因子の関係を調べておられたHaselkorn先生(Chicago大)とのご縁もその当時にできたことです。シアノバクテリアを用いた研究はその後も発展していくのですが、肝心の植物シグマ因子の同定には、これらプローブを使っても遂に成功はしませんでした。

 葉緑体に近いバクテリアを使っても成功しなかったので、次の一手にはバクテリアに近い葉緑体を使おうと考えました。紅藻は、チラコイド膜や集光アンテナの構造を見ても様々な点でシアノバクテリアとの類似性が高く、それならば転写装置の構造も近いかもしれない。また、紅藻葉緑体ゲノムにバクテリア型の転写因子が残されていることも、バクテリアとの近縁性を感じさせます。それならば、次は利用できる材料があるかが問題です。教科書的に思いつく材料はスサビノリやテングサですが、何せバクテリアの研究者ですので、どこかの海に採りに行けば良いのか、そもそも無菌的な培養株などが存在するのかも判りません。仕方がありませんので、当時の研究室に来ていた韓国の留学生から干ノリをもらい、乳鉢で液体窒素中で破砕、少量得られたDNAをもとに、当時ようやく可能となっていたPCRでシグマ因子遺伝子の増幅を試みてみました。その結果、予想されるサイズに増幅が見られた。さらに、配列を決めてみると明らかにシグマ因子遺伝子の欠片であることが見て取れたのです。この配列を眺めてみると、シアノバクテリアの遺伝子ともかなり異なるので、どうやら遂に本物を捕まえた印象を持ちました。しかし、増幅の元にしたのが韓国産の干ノリです。無菌的なサンプルではありませんので、ノリの表面に生えていたバクテリア遺伝子が増幅されたのかも知れません。サザンハイブリダイゼーションができる程のDNA量もなく、その後の解析を進めることはできなかったのですが、紅藻をサンプルにすれば単離できる感触を得ることができました。

 さて、ここからが本題の論文の内容になります。紅藻の仲間には海藻でなく、硫酸性温泉に生育する単細胞のシアニジウム類も含まれます。当時、その細胞構造の単純さから、東大理学部の黒岩常祥先生が主要な研究材料として導入しておられましたので、お願いしてこれを材料として使わせていただくことができました。太田にじ博士にDNAを提供いただき、また黒岩晴子先生に電子顕微鏡サンプル作成の手ほどきをいただき、最終的にバクテリア型RNAポリメラーゼシグマ因子の遺伝子が核にコードされ、葉緑体内で機能するという図式を完全証明することができました。この生物種に辿り着いてからは、遺伝子の単離にも、当初のバクテリアの保存配列を使ったオリゴDNAプローブで苦もなく成功しています。最初からやっていれば何のことはなかったのですが、適切な生物材料を使うことがこれほど重要とは、、と思い知った経験でした。

 この論文が出たのは1996年の年末でしたが、実は同じ年の夏前。私がデータを揃えつつ論文を仕上げていた頃、葉緑体のシグマ因子を捕まえたというTroxler博士(Boston大)の論文がPNAS誌に掲載されました。最初に見た際に青くなったことを記憶していますが、この論文は私達が用いていたCyanidiumと近縁の単細胞紅藻から、(私のデザインしたオリゴDNAを用いて)シグマ遺伝子配列を単離したという内容であり、遺伝子がどのゲノムにコードされ、遺伝子産物がどこに局在するか等の証明はありませんでした。お陰で当方の論文が出せた訳ですが、時期や運を含め非常に良い経験をさせていただいたと思います。

 その後、植物ESTプロジェクトの進展により、シロイヌナズナや他の植物から次々に植物シグマ因子cDNA断片情報が得られるようになり、葉緑体転写装置の解析が一気に進みました。私もその流れに乗りつつ研究を進めてきましたが、植物シグマ研究沸騰の前夜、核コードの葉緑体シグマ因子の図式を最初に証明できたことは幸運だったと思います。より一般的な話としても、それ以降の研究の枠組みに関わる仕事ができたことは本当に財産です。植物シグマ因子研究に突入した後も、かなり大勢の研究者がシグマ遺伝子単離を狙っていたことも聞きました。単細胞紅藻の研究も、その後は材料もシゾンに変わりましたが、ゲノムプロジェクト等を通して黒岩先生に長くお世話になる契機も作ってくれた研究です。長年に渡る不成功もありましたが、その間に得られた研究者との縁が今に至る葉緑体や光合成研究に発展してきた礎になりました。そのような意味でも、この論文は個人的にも節目となったものです。

2013.04.28 田中寛
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