「私の論文」

No.8
菓子野康浩(兵庫県立大学大学院生命理学研究科)

 1999年、Washington University in St. LouisのPakrasi研究室に留学中であった。ある秋の日、ナターシャ(Dr. Natalia Ivleva)と光化学系II(系II)がモノマーかダイマーか、という話題になった。「系IIはダイマーでしょう、この論文を読んでみたら」という彼女に、「たしかにその論文を読むと系IIがダイマーだということは納得できるね」と返事したと思う。その論文がどなたのものだったか、今となっては定かではない。しかし、この話題自体、それまでの私自身の経験に基づいた系IIがモノマーだというイメージが底流にあった。ただし、系IIはモノマーだろうと思ってはいても、それを明確に証明することができるような実験をデザインできず、そのうち系IIのダイマーの結晶構造モデルも発表され、時は流れていった。

 2005年の冬、何度目かのPakrasi研滞在中であった。ベルリンのグループから、3.0Åの系IIの結晶構造モデルがNatureに発表された。何気なくモデル図を眺めていると、ダイマー中の二つのモノマーの狭間にオタマジャクシが6匹泳いでいた。レジェンドには、ß-DMとある。そうか系IIはやっぱりモノマーだ、と非常に興奮した。本文中ではとくに解釈はなかった。ß-DMは精製・結晶化の際に使われた界面活性剤n-dodecyl-ß-D-maltosideである。2008年に同じグループから出た2.9Å分解能のモデルでは、このß-DMの位置が異なってはいるが、やはり二つのモノマーの狭間に4分子が見られる。今度は、本来存在する脂質分子とß-DMが精製の過程で入れ替わってしまったのであろう、と記述されていた。しかし、すでに走り始めていた私の考えは変わらなかった。研究を進め、結果的に系IIがダイマーであるということになってもよい。いずれにしても自分の手(目)で確かめたかった。

 どうすれば系IIがモノマーであることを証明できるか、頭の片隅で考えてはいても、良いアイデアは浮かばなかった。2005年当時、珪藻の系IIの精製を進めており、モノマーが得られてはいたものの、それだけでは証明にならない。原始紅藻Cyanidioshyzon merolae(シゾン)、珪藻Chaetoceros gracilis、シアノバクテリアSynechocystis 6803、Thermosynechococcus vulcanusを使った系IIの研究を進めつつ、思案の日々であった。フィコビリゾームを持つ生物では、フィコビリゾームの結合とモノマー化・ダイマー化が関係しているのではないかと、研究員の井上さん(妻)がシアノバクテリアを使って解析を行っていた。また、緑藻クラミドモナスでも、モノマー・ダイマーの問題を念頭に実験を進めていた。しかし、明確な答えは出なかった。博士後期課程でシゾンの系IIの研究を行っていた高橋武志くんは、系IIがモノマーであることを世の中に知らしめたい、と頑張っていた。まず真実が何であるかを追求することが科学の正しい道だ、と知ったようなことを彼に言いつつも、道は開けず、高橋くんが精製するモノマーとダイマーが並んだ電気泳動像を眺めるだけで日々は過ぎていった。ところがある日、いつものようにいつものような電気泳動像を見ていたところ、タンパク質のバンドではなくゲルの先端にある黄色い部分がモノマーとダイマーとで違っていることに気づいた。高橋くんを呼んで、それまでの電気泳動結果をすべて見せてもらった。案の定、どれにも同じ違いがあった。この部分はクロロフィル、カロチノイド、脂質が混じっている。クロロフィル量を揃えて泳動しているので、たぶんカロチノイドもほぼ同じであろうから、脂質量がかなり違いそうであった。タンパク質の電気泳動では、タンパク質のバンドしか見ないものであるが、こんな所に違いが見つかるとは意外であった。おそらく、Leammliの系等の電気泳動では気づかなかったであろう。低分子量域の分離が良い電気泳動系であったために気づくことができたと思う。小池裕幸さん(現中央大)、池内昌彦さん(現東大)に感謝している。

 話はそれるが、姫路に赴任してから低分子量の膜タンパク質も分離するための電気泳動系の工夫を行っていた。そのような電気泳動系と言えば、池内さんが開発された立派な系がある。理研で池内さんと同じ研究室にいらした助教授の小池さんからその方法を習い、利用していた。しかし、問題があった。標高300メートル以上もある当地では、冬季にはかなり冷え込み(赴任前は瀬戸内気候の温暖な地だと想像していたのに、明け方に零下7、8度になることは珍しくない)、研究室内の温度もぐっと下がってしまう。7.5 Mの尿素を含むゲルでオーバーナイトの電気泳動を行うと、朝、ゲルから尿素が析出しており、タンパク質の分離ができていなかった。尿素の濃度を下げてみたが、そうすると分離能が若干下がった。また、ゲル液のpHをしっかりと合わせる必要もあった。そのため、尿素濃度が低くても分離能がそれなりで、ゲル液のpHを合わせる手間がかからない系を作ろうと、系IIの精製の度に条件を変え、最適化していった。当初の投稿先からリジェクトされたこともあり、完成からパブリッシュ(2001年、文献1)までにはかなりの時間をかけてしまったが、Biochemistry誌に2002年に掲載された論文(文献2)で威力を発揮することができた。

 さて、精製したモノマーとダイマーでは、脂質結合量がかなり違いそうだということが分かった。シゾンの系IIを使って脂質量の比較をしてみたかったが、脂質分析の経験はなかった。そこで、まず文献をあたってみた。幸いシアノバクテリアの系IIについて2報があり、どちらもモノマーの方が脂質含量が多かった。私たちの電気泳動上の相異と一致していた。脂質分析はたいへんそうだ、となんとなく感じていたが、これで敷居がぐっと下がった。桜井勇さんに脂質分析のプロトコルをいただいていたことがあり、比較的すんなり分析することができた。そして、想定通りの結果が得られた。

 モノマーとダイマーの違いとして脂質含量が大きく違う(上記2報では、それほど大きな違いではなかったが)ということが分かった。しかし、脂質含量の違いとモノマー化、ダイマー化とどういう関連があるのか、また思案の日々が続いた。ここで、系IIはモノマーである、という自分のイメージが方法を提供することになった。もともとモノマーであって、周りに脂質が多量に結合しているのが当たり前で、脂質が除去されるとダイマー化するのではないか、と思い当たったのである。では、それをどうやって証明するか。イオン交換カラム等で膜タンパク質を精製する際には、低濃度の界面活性剤を混在させて洗いを行う。もしかしたら、そのような溶液で洗いを行えば、結合している脂質を洗い流すことができるのではないか、と考え、系IIをカラムに結合させた状態で洗いを行うことにした。大量の溶液で洗いを行うために、表在性のタンパク質が遊離しないよう、低塩濃度で操作を行うためにDEAEを使うことにした。そして、4 mL程度のカラムに対し、少量の洗いから1 Lの洗いまで、溶液量を変えて洗いを行い、そして塩濃度を上げることにより系IIを溶出させた。いつものように、モノマー、ダイマーの順で溶出されてきた。チャートを見ると、少量の溶液で洗いを行ったときにはモノマーのピークが大きかった。そして、1 Lもの溶液で洗いを行ったときにはモノマーのピークがぐっと減り、ダイマーのピークが非常に大きくなった。狙いが当たり、今でも高橋くんのにこにこした笑顔が思い出される。モノマー・ダイマーの面積を測定し(ピークを切り取って重さを量った)、相対比を洗いの量に対してプロットしてみると、非常にきれいな直線に載ったのは驚きであった。

 膜タンパク質複合体の重合状態は、Blue Native PAGE (BN-PAGE)により明瞭に分析することができる。そこで、BN-PAGEでの分析も行った。しかし、分析のために用いる界面活性剤の濃度が問題になる。2003年のJ. Chromatogr B(文献3)に載せたように、穏和な界面活性剤として知られるdodecyl maltosideであるが、濃度が高くなると系IIに何らかの作用をもたらしているようである。1.0%でも何らかの問題がありそうであった。そこで、私はなるべく低い濃度、通常は0.6%程度で処理を行っていた。可溶化のために2.0%や4.0%というような濃度が使われている場合もあるが、なるべく生体内の状態を保った形で分析するため、今回は0.6%から1.2%の範囲で解析を行った。この場合、シゾンだけでなく2種のシアノバクテリアにおいても同様にモノマーだけが検出され、ダイマーは見つからなかった。

 このようにして、生化学的解析では系IIがモノマーであることを充分に証明できたと思った。しかし、どの実験も界面活性剤存在下で解析を進めざるを得ず、界面活性剤の影響を排除することはできない。膜タンパク質の研究に界面活性剤はなくてはならないものであるが、しかし、アーティファクトを引き起こす可能性をはらんだ怖い存在でもある。したがって、できることなら界面活性剤を使わずに系IIがモノマーであるデータもほしかった。それには蛍光分析が有効であろうと考え、教授の佐藤和彦さんに本格的な相談を行った。私も学生の頃から蛍光分析をかなり行っていたため、それなりの蓄積はあった。しかし、蛍光分析では佐藤さんの長年の経験を生かしていただくのが間違いがないと考えていた。それまでの生化学的解析結果を見せると、目を輝かせて興奮され、蛍光分析(蛍光の誘導期現象の解析)についてのノウハウやJoliotさんらによる分析についての知識が山のように出てきた。60年代、70年代の光合成研究の深さには頭が下がる思いである。蛍光の誘導期現象を解析することにより、二つの系IIユニット間でエネルギー移動があるかどうかを検証することができる。精製したモノマーとダイマーの間では、想像以上の相違があった。そのため、細胞そのもの、あるいはチラコイド膜を使って、モノマーとダイマーの存在比を解析することが可能であった。測定してみると、シゾンでもシアノバクテリアでも珪藻でもダイマーらしい成分は無いように見え、さらに蛍光のキネティクスの成分分析を行ってみたが、ダイマーの成分はほとんどなかった。つまり、少なくとも用いた培養条件では、モノマー間のエネルギー交換が起こるほどモノマー間は接近していない、ということが分かった。ダイマーではダイマー内モノマー間のエネルギー交換が起こるため、少なくとも結晶構造で見られるようなダイマー構造ではなさそうであった。

 このようにして、界面活性剤の影響を排除しての結果も得ることができた。しかし、ふたつの問題が残っていた。70年代、80年代のfreeze-fractureの論文は系IIがダイマーであることを示唆したものが多いことがひとつ。ただし、結果が直接的ではなく、モノマーであることを示す論文もある。ふたつめは、ほとんどの報告でモノマーの方が酸素発生活性が低いことである。これも、系IIの実体がダイマーであることの証拠として頻繁に持ち出される。これは困ったことであった。しかし、すでにこれに対する答えをすでに得ていたことに思い当たった。佐藤さんの発案で、90年代前半、系IIの酸素発生活性に対する各種の電子受容体、特にキノンの誘導体の影響を丹念に解析していた。当時は私も若く、手間のかかる実験だ、と思っていたように思う。あまり引用されることもないと思うが、やっておいて良かった、と思った。その時のデータやそれに基づく私たちの論文(文献4、他)を洗い直してみると、モノマー・ダイマーに含まれている脂質含量と、電子受容体として使っているキノンの疎水性との関係で、モノマーとダイマーの活性の違いをうまく説明することができたのであった。

 私としては系IIが生体内でもモノマーであることを示す充分なデータを得ることができたと判断し、論文として投稿の準備を進めた。投稿前に相談した海外のある大先生は、そんな論文を出したらあなたの研究者としての将来が危ぶまれる、と心配してくださった。いくつものジャーナルでエディターレベルで却下され、ようやくJBCでは査読に回してもらったが、やはり却下であった。しかし、エディターに掛け合い、もう一度改訂稿を見ていただくことができ(ありがとうございました)、ようやく日の目を見ることができた。ただし、査読者の意見を取り入れ、タイトルを変えた。タイトルが内容と合っていたのかどうか、今でも思案している。そうして、お世話になった佐藤さんの定年退官に間に合わせることができた。

 パブリッシュされると、Fuculty of 1000で取り上げてもらった。まだいろいろな検証が必要ではある、という留保はついていたものの、取り上げていただいただけでも光栄である。そして、懐かしい名前の方から、しかもギリシャから、「自分もずっと前から系IIはモノマーだと主張しているが、あなたの論文では引用していただいていません」、とご自分の論文を教えてくださった。勉強不足であった。その方は、私が学生の頃から系IIの研究で活躍されていたGhanotakisさんであった。系IIがモノマーかダイマーかということは非常にローカルな話題であるが、フォローしきれないほどの論文が出ているのも事実。それだけ研究者の気をそそることであるのだろう。

 思い返せば、いろんなきっかけがPakrasi研にあった。膜タンパク質が手強いこともPakrasi研で認識を新たにし、非常に注意深くなったようなものである。またそれがきっかけで、膜タンパク質に対する理解が深まり、膜タンパク質を分離することが可能な等電点二次元電気泳動の実現にも繋がった(文献5)。何度も招いてくださったPakrasiさん、私の考えにつきあって(賛同して)丹念な実験をこなしてくれた高橋くん、井上さん、その他たくさんの方々に感謝いたします。

2013.05.17 菓子野康浩