No9:松田祐介

   (関西学院大学理工学部生命科学科)
私が今の研究に行きついた話もちょっと辿りながら、以下の最新のものをご紹介したいと思う。

SLC4 family transporters in a marine diatom directly pump bicarbonate from seawater.

Nakajima K, Tanaka A, Matsuda Y.
Proc Natl Acad Sci USA. 2013 Jan; 110(5): 1767-72. Doi: 10.1073/pnas.1216234110. Early edition 2013 Jan 7.

 昔の話から始めるが、博士課程在籍当時、私はコムギの耐凍性に関与するタンパク質の探索を行っていた。mRNA in vitro翻訳ラジオラベルプロダクトの2D-PAGEで根茎移行部の低温順化初期遺伝子発現を追跡しており、その結果をまとめてPlant Physiologyに投稿した。2名の審査員はレジェクトとリバイスに分かれ、3人目にレジェクトされて、私の研究者としてのスタートは敢え無き撃沈から始まった。エディターだったMartin Gibbs氏から、「重要な研究なのでデータをしっかりsalvageして次につなげるように」と、駆け出しの青二才にとって素直に励まされる言葉を頂いたのを思い出す。私の論文遍歴はこの撃沈のトラウマから始まった。ポスドクでは色々と考えた結果、同じ環境応答の分野でも、よりシンプルな光合成生物を使って、当時温室効果ガスとして問題が顕在化し始めていたCO2との関わりについて調べることとした。高等植物から離れるのには一抹の未練があったが、折角のポスドク期間、新しい分野と環境で自分の引き出しを増やしたいという思いが強かった。ポスドク先はカナダだったので、お恥ずかしい話だが、日本の研究者の方々とはほとんど面識のないままに、新しい分野で数年間研究を積み重ねた。帰国した当時は浦島太郎の気分だったのを思い出す。

 以来、新たな引き出しは開きっぱなしで、この研究テーマを継続している。微細藻類を大気レベルの低CO2で培養するとC4植物のような光合成パラメーターを示す。この現象はC4経路によるものではなく、効果的に無機炭素を取り込み葉緑体へ送る無機炭素濃縮機構(CCM)の発現によるものである。ほとんどの微細藻類が類似の機構を有する、水中光合成の駆動力として重要なシステムである。シアノバクテリアではこの機構にかかわる分子がほぼ網羅されており、いくつかの細胞膜HCO3-輸送体とチラコイドや細胞膜でCO2をHCO3-に変換する複合体が外部からの無機炭素取り込みを担い、蓄積されたHCO3-はカルボキシゾームという正二十面体顆粒を通過するときに顆粒構成因子である炭酸脱水酵素でCO2に変換され、顆粒内に局在するRubisCOによって固定される。一方、真核藻類では緑藻クラミドモナスで最も分子研究が進んでおり、細胞膜型一つのHCO3-輸送体やいくつかの葉緑体因子などが同定されている。シアノバクテリアのカルボキシゾームのように“CO2リアクター”となるような構造体は、葉緑体顆粒であるピレノイドであると考えられており、これはやはりほとんどの真核藻類が有している構造である。ピレノイド構成因子や無機炭素輸送タンパク候補で、シアノバクテリア起源と推定されるものはむしろ稀であり。恐らくCCMという機能は複数の起源から収斂進化している多様なシステムと考えられる。

 ポスドク時代に私は緑藻クロレラを使っていたが、光合成や水圏の無機炭素生理学という初めての分野に飛び込んで研究を行うのに最も腐心したことは、溶存する無機炭素を正確・迅速に測定し、自在に操作する技術であった。後述するが、この点に苦労をしたことは今でも随分と役に立っている。その後、海洋性珪藻類に対象を移してCCMやCO2応答について研究を続けている。海洋の光合成生物は色々な意味で面白いに違いないという単純で漠然とした動機から始めた珪藻研究なのだが、今思えば、それはちょうど地球科学分野で珪藻類の一次生産量の高さが注目され始めた時期と重なっている。以降、ゲノム公開、分子ツールの開発があり、珪藻は海洋一次生産生物や二次共生藻の最初のモデル生物となった。

 さて、珪藻類のような海洋真核藻類が海水のような高アルカリ・高塩環境で光合成を行うには、CO2のみに依存していては成り立たず、イオン体無機炭素を取り込む必要があることは昔から言われてきた。事実、生理学的な解析ではCO2やHCO3-のどちらも取り込むことが知られている。直接のイオン輸送体があるのか?或いは細胞外炭酸脱水酵素がHCO3-からCO2を生成してそれを取込んでいるのか?という問題については諸説ある。細胞外CA活性の存在は様々な海洋真核藻類で明らかになっており、CO2取り込みのエネルギーも少なくて済むので、後者の仮説は海洋系の論文では比較的頻繁に引用されている。一方、HCO3-輸送体分子は全く不明であった。

 珪藻のゲノムには二次共生に由来する様々な系統の遺伝子がモザイク的に入り込んでいる。動物に特有と考えられてきた遺伝子も極めて多く、これは最終宿主の核ゲノムに由来するところが大きい。このような動物型遺伝子の中には相当数のSolute Carrier (SLC)ファミリータンパク質と考えられる配列がある。このうちのSLC4やSLC26のサブタイプは哺乳類でHCO3-輸送体とされており、候補は10遺伝子ほど存在した。早速これらの発現動態を追跡したところ、SLC4に属する3つの候補が、高CO2環境では完全に転写抑制され、低CO2環境で転写誘導を受けていた。次にこれら3つのC末端両域GFP融合体を珪藻に発現させたところ、我々がPtSLC4-2と称するプロダクトがうまく発現していた。果たしてその局在は細胞膜であった。

 微細藻類は一般的に高CO2環境下におくとCCMを大幅に抑制し、無機炭素に対する親和性が極端に低くなる。しかし上に述べたGFP融合体PtSLC4-2遺伝子は定常的プロモーターで駆動してあるため、これを発現する変異体は、高CO2環境下でもPtSLC4-2を発現し続ける。酸素電極によって測定したK1/2[HCO3-]値は高CO2で生育した変異体の方で野生型に比べて1/3程度になり、明らかに高親和性光合成を獲得していることが分かった。しかし、PtSLC4-2の機能同定には無機炭素取り込みの確認が不可避である。細胞膜を隔てた無機炭素fluxの分析には、膜インレット質量分析(MIMS)を用いたCO2濃度の直接測定、或いはH14CO3-標識を用いてシリコンオイル遠心法で測定する方法などが常用されるが、どちらも極めてマニアックな手法である。MIMSに使う特殊な質量分析計は周囲にはなく、またシリコンオイル遠心法は多段階の煩雑な操作が必要なうえに、すでに細胞内に蓄えられている非標識無機炭素による放射比活性の減衰程度が分からないので、あまり好きな手法ではない。それどころか、そもそも関学にはRI施設がないので出来ない。こういうときは素直にそれが出来るところに協力を求めるものだが、今回私は自前の設備を使って何かひと捻り効いた解決策を考えてみようと思った。我々も無機炭素の生理学を研究しているラボの端くれであるので、無機炭素を定量する技術には自信がある。研究室にはキャリアガスを一度リン酸溶液にくぐらせるシステムを付加した、これまた恐ろしくマニアックな手作りガスクロ(GC)装置がある。これはポスドク時代にお世話になった装置の改良版で、帰国と同時に何はさておき自分で誂えたものである。FIDが検出器なので、これを使えばほんの数μLのサンプルでナノモルオーダーの溶存総無機炭素を迅速、正確に定量出来る類稀な“ローテクマシン”である。私はこれを使えば良いと思った。

 最初はシリコンオイル遠心法の延長線上で、細胞を殺した後に蓄積された無機炭素が漏れてくるその濃度をGCで定量しようと試みた。これなら放射比活性の減衰などを気にする必要はない。しかしシリコンオイル法の煩雑な手続きが邪魔をして値がどうにもぶれてしまう。何度も測って高CO2生育した野生株とPtSLC4-2発現株で有意な蓄積量差を見出したが、データの質には至って不満だった。この方法に四苦八苦していたある日、細胞外の無機炭素を測ることさえ出来れば取込速度を決定出来ることにハタと気が付いた。シリコンオイル法がややこしいのは細胞内の無機炭素を測ろうとするからなのだ。細胞と培養液を瞬時に分離するだけならフィルター遠心が使え、ろ液をすぐに測れば無機炭素のコンタミもない。実験室を見渡せばフィルターカートリッジ付のエッペンチューブも見つかった。このカートリッジ内で100μMの溶存無機炭素を与えて一定時間光照射した細胞懸濁液を瞬間的に遠心して、培養液のみをエッペンチューブに落としGCで定量してみたところ、とても正確に培養液中の無機炭素濃度経時変化が追跡できた。フィルターカートリッジを大量に使うところが短所だが、RIも質量分析も使わない新たな無機炭素輸送測定法である。これで無事PtSLC4-2がNa+依存型HCO3-輸送体であることを確認した。

 主要な海洋真核藻類で初めての無機炭素輸送体の同定であり、ヒトSLC4ホモログが海洋光合成の駆動力の一つであることを示すデータである。これは面白いと思ってPNASに投稿したところ3人のレヴュアーから良好な反応が返ってきた。一人には“A very enjoyable article, with excellent science.”と褒めて頂いた。注文はやはり沢山ついたが総じて文章の手直しで対応ができた。ただ一点、net取込速度は必ずしも輸送体活性そのものを表してはいないとのクレームに対してはしっかり追試を行った。取り込まれた無機炭素が、光を消すとどのくらいの初速度で漏れ出してくるかをGCで測定し、これに基づいて細胞膜無機炭素fluxの簡単な数理モデルを構築し、PtSLC4-2によるgross HCO3-取込速度を計算した。このモデルによってパラメーター化したその他のflux値と共にtableにして加えたが、これによって論文がとても引き締まった。手直しした原稿はすぐに受理された。

 この論文の著者は私を含めて3名で、いずれも研究室のメンバーである。局在、測定法の確立、そして数理モデルの構築など、とりわけ今回は3人が知恵を出し合ってまとめ上げた極めて手作り感の高い仕事になったと思う。こういう家内工業的な小規模スタイルにも捨てがたい研究の醍醐味があるなと改めて思った次第である。

2013.05.22 松田祐介
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