クロロフィルの分解[chlorophyll degradation]

 クロロフィルの分解反応はその反応様式と分解産物の構造から便宜上3段階に分けることができる.初期反応はクロロフィルaからフェオホルビドaまでのマクロ環の2種の脱離を伴う反応で,2通りの経路が存在する.通常老化葉では,何らかの形でクロロフィルaからMgが脱離して生じたフェオフィチンaのフィチル基がフェオフィチナーゼによって加水分解されてフィトールとフェオホルビドaを生じる経路と考えられている.この経路のMgの脱離反応についてはわかっていない.2つめの経路は最初にクロロフィラーゼによってフィチル基が加水分解され,クロロフィリドaフィトールを生じる(図参照).次に生成したクロロフィリドaは低分子の金属脱離物質の働きでMgが脱離されフェオホルビドaとなる.この経路はクロロフィラーゼがエチレンによる老化誘導やコロナチンに応答して発現されることから,果実の成熟や病原菌の感染などに応答して働くと考えられている.アブラナ科などの一部の植物や藻類ではフェオホルビドaからさらにC132位のメトキシカルボニル基が脱離しピロフェオホルビドaを生じる.この反応はおそらくクロロフィル分解の付加的な反応であると考えられるが,その存在意義は不明である.このピロフェオホルビドの生成には,2種類の酵素による異なった反応が存在する.1つはフェオホルビダーゼによるメトキシカルボニル基のメチル基の加水分解反応とそれに続く非酵素的な脱炭酸の2段階の反応で,2つめはクラミドモナスで発見されたフェオホルビド・メトキシカルボニラーゼによって触媒される求核反応によると考えられる1段階の反応である.
 中期は,生成したフェオホルビドaが開裂した誘導体を生じる一連の反応で,この段階でクロロフィルは脱緑化される.フェオホルビドaフェオホルビドaオキシゲナーゼによって酸素添加され,開環したテトラピロール誘導体, RCCとなる. RCCはNADPHを電子供与体としてRCCレダクターゼによりC1/C20位で還元されて蛍光を発するpFCCに変わる. pFCCはさらにC82炭素の位置でヒドロキシル化されFCCとなる.このほかに,種特異的な修飾(C132炭素の脱メチル化あるいは結合)を受ける場合がある.ヒドロキシル化されたFCCはATP依存的に細胞質中に放出され,最終的にABC輸送体の働きで液胞に蓄積される. FCCは液胞内で非酵素的なトートメリ化を受けてNCCとなる.アブラナでは3種類,オオムギでは10種類以上の構造の異なったNCCが存在する.
 分解の後期は開環したテトラピロール, NCCから低分子への代謝反応である. NCCがその後どのように分解代謝されるかは不明の点が多い.光や酵素を用いた人工的な分解実験によると,おそらくマレイミド類を経てコハク酸やマロン酸などの有機酸類を生じる質量分析の結果が得られている.また,高速液体クロマトグラフィーを用いた分析で,ダイコンとオオムギの老化した子葉からメチルエチルマレイミドなどのモノピロール類が検出されている.これは,干草や土中に埋まった草にマレイミド類が蓄積するという報告と一致する.落葉樹では葉細胞中の液胞に残されたNCCは,そのままの状態で老化落葉し,植物体上では代謝されず地上で菌類や細菌などの微生物によって分解されるとする研究者もいる.このことは落葉樹と草本では違いがあることを示しているのかもしれない.最終的に生じた低分子の有機物は,シンク-ソース転移を通して回収され再利用されるものと考えられる.
 クロロフィル分解の反応の場は,一般的にはクロロフィルの存在する葉緑体であると考えられている.事実,フェオホルビドaオキシゲナーゼは葉緑体膜タンパク質で,老化葉や成熟した果実で検出されている.しかし,第1段階で働くクロロフィラーゼは葉緑体にも存在するが,老化時やエチレンなどで誘導されるタイプは葉緑体外の小胞体に分泌されている可能性が高い.また,プラストグロビュルと呼ばれるクロロフィルやクロロフィル誘導体を含む胞状のものがゲロントプラスト(老化葉緑体)から細胞質中に浸出し,細胞質中でまたは液胞に運ばれて分解されるという報告もある.このように,クロロフィルの分解には葉緑体内だけではなく,葉緑体外も含めた複数の系が存在すると考えられている.

chl degradation.png

関連項目


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:49