グリシンベタイン[glycine betaine]

 グリシン骨格をもつ四級アンモニウム化合物で,狭義でベタインとはグリシンベタインをさす.微生物から高等植物・哺乳動物まで広く分布する適合溶質.植物ではアカザ科,ナス科,イネ科などに属する塩耐性種や冷温耐性種に分布する二次代謝産物である.イネ科植物ではグリシンベタインの蓄積と塩耐性には正の相関があることが遺伝学的に示されている.生体内では安定に存在し,その蓄積は塩ストレスや低温ストレスに誘導される生合成経路の活性化により起こる.ベタインを蓄積する塩生植物においてその濃度は,ストレス条件下において0.5~1Mにも達するといわれている.植物ではコリンを基質として2つの酵素による二段階酸化反応で生成される。最初の反応ではコリンモノオキシナーゼによりベタインアルデヒドが生じ,続いてベタインアルデヒドデヒドロゲナーゼの働きでベタインがつくられる。アカザ科植物は葉緑体内に生合成経路をもつが,イネ科ではこれとは異なることが示されている。動物や微生物では第一の酸化反応がコリンデヒドデヒドロゲナーゼにより行われる点が異なる。微生物ではさらに,一部の土壌細菌が持つ単一酵素(コリンオキシダーゼ)による合成経路や,高度好塩性の真正細菌が有するグリシンを基質としたN-メチル化による経路も知られている。
 試験管内においてベタインは,塩ストレスや温度ストレス(高温,低温,凍結)条件下でタンパク質や生体膜の構造・機能の安定化に関して,他の適合溶質よりも優れた作用をもつ.また,塩条件下で核酸のTm値を下げる作用も知られており,塩ストレス下での遺伝子の複製や転写・翻訳を促進する機能が推定されている.光合成機能の保護や安定化にも関連が強く,ベタインは光化学系ⅡRubiscoの塩失活や,チラコイド膜の変性を防ぐことが知られている.それゆえベタインは,ストレス条件下で細胞の浸透圧調整に機能するというよりも,むしろ生体高分子の安定化やその機能の保護に強く働くと考えられている.ベタイン生合成系を導入した形質転換植物では,浸透圧の上昇に実質的に寄与しない低濃度(mMレベル)の蓄積でもストレスからの保護効果が観察されるが,その保護作用メカニズムについては未だ不明な点が多い.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:45:45