シアン耐性呼吸[cyanide-resistant respiration]

 高濃度のシアン化合物によっても阻害されないミトコンドリア呼吸.多くの植物と一部の菌類や動物にみられ,20世紀の始めには既にその存在が知られていた.ユビキノンから直接電子を受け取り、酸素を還元するalternative oxidase (AOX)がこの呼吸経路の実態である.動物や細菌と共通のシトクロム経路の末端酸化酵素であるシトクロム酸化酵素(COX)は,酸素の配位部位にシアンが強固に結合するために反応が阻害されるが,AOXは不感受性であるためにシアン耐性呼吸を可能にしている.
 シアン耐性呼吸は,電子伝達の際にプロトン輸送と共役せず,その際に放出されるエネルギーは熱に変えられる.この機能は,サトイモ科植物の肉穂花序の開花における訪花昆虫の誘引のための熱発生に役立つ.また他の生理機能として,ミトコンドリア呼吸鎖の安全弁として働くことにより,呼吸鎖の過還元状態およびそれに付随した活性酸素種生成を抑えることが挙げられる.この機能は,ストレス環境における細胞内代謝の維持に役立ち,実際にAOXの発現は様々なストレス環境下で誘導される.例えば,葉が強光ストレスに曝されたとき,AOXは速やかに遺伝子・タンパク質レベルでの発現誘導を受ける.そして,光合成および光呼吸で生じる過剰還元力の散逸系として機能することにより,ミトコンドリアと葉緑体の相互作用に重要な役割を果たすことが示唆されている.
 なお,シアン感受性と耐性の呼吸が生体内でそれぞれどの程度起こっているのかを調べるためには,COXとAOXの酸素に対する安定同位体分別が異なることを利用し,それぞれの経路の呼吸速度を分析する方法が有効である.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:44:30