人工光合成[artificial photosynthesis]

  光合成では,太陽エネルギーを利用して水から電子を奪い酸素を発生させ,二酸化炭素を固定することによって糖類を産生している.このような光合成系を模倣し,太陽エネルギーを利用して化学物質あるいは食料を得ようとする試みは,近年の化石燃料資源の枯渇というエネルギー問題のみならず,大気中の二酸化炭素濃度増大などの環境問題と関連して,その重要度をますます増してきている.このような試みを,人工光合成と総称している.人工光合成の構築は,したがって,太陽エネルギーを化学エネルギーに変換するシステムの構築と位置づけられ,これまで活発に研究されてきた.特に,酸化チタンを光触媒として,水が酸素と水素へと光分解する本多-藤嶋効果が発見され,光合成反応との関連性が指摘されて以来,光エネルギーを利用して起電力を生じ,電気化学的に酸化還元反応を行わせる光電気化学的アプローチが人工光合成研究の中心となっている.
 光合成系を光電気化学の観点から考えると,光エネルギー捕集,電荷分離,電子伝達,電荷分離された電子ならびにホールを利用した還元反応と酸化反応に分類される.人工光合成構築のためには,光エネルギー,特に可視光領域のエネルギーを効率よく集め,高効率で電子移動させて逆電子移動を抑えた長寿命の電荷分離状態をつくり,各サイトで酸化ならびに還元反応を電荷再結合(逆電子移動)に打ち勝つように行う必要がある.このため,このようなシステム全体を構築することのみならず,各素過程を最適化する研究,たとえば反応中心モデルによる電子移動反応や,電気化学的な水の酸化や二酸化炭素還元触媒の研究も人工光合成研究と呼称されている.
 光電気化学的アプローチの初期の成功例として,金属錯体などを光増感剤として,白金触媒などと組み合わせることによる光水素発生があげられる.金属ポルフィリン錯体やルテニウム錯体(ルテニウムトリスビピリジン錯体)は可視光領域に吸収があり,かつ電子移動反応を起こすことができる.そこでアミン類などの電子供与体と,ビオローゲンなどの電子受容体を共存させると,光照射下,金属錯体が光触媒となってアミンから電子を引き抜き,ビオローゲンを還元する.さらに白金コロイドを共存させると,還元ビオローゲンから電子が供給され,水を還元して水素を発生する.また,電子受容体としてビオローゲン/白金コロイドの代わりに二酸化炭素を還元する金属錯体を用いると,二酸化炭素の光還元を起こすことができる.このような触媒としてニッケル,ルテニウム,レニウム錯体などが知られている.また,電荷分離を促進し光触媒反応を効率化するために,ミセルあるいはリポソームを用いて酸化反応部位と還元反応部位を隔て,段階的電子移動を起こして,電荷再結合を抑える試みが成功している.
 しかし,これらの光触媒反応の問題点は,電子供与体が電子を供給することによって分解する,いわゆる犠牲剤として作用することである.そのため,水を電子源とする人工光合成の構築が望まれているが,一般に水の四電子酸化による酸素発生など多電子酸化は難しく,光触媒系とカップルできる高効率触媒の開発には至っておらず,今後の課題である.人工光合成構築のためには,光合成研究による分子論的理解と,それらを人工的に再現する分子設計および化学的合成法の開発が不可欠である.たとえば,リポソーム中,ATP合成酵素を共存させ,光誘起電子移動に共役した*プロトン輸送によりATPを合成することが可能になっているが, ATPのエネルギーを利用する化学はまだ成熟しておらず,このままでは利用することはできない.次世代の人工光合成では,太陽エネルギーを高効率に利用し,天然の光合成系が産生できない生成物をつくることができる人工系を目指して,超分子系による機能性分子の組織化やナノテクノロジーの技術を利用することが期待されている.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:44:34