光阻害の抑制[suppression of photoinhibition]

 葉に照射される光(P)がCO2固定(A)に利用できる量を超えたとき(A<P),過剰の光エネルギー,および葉緑体光合成電子伝達系で生ずる過剰の還元力は活性酸素種を生成につながる.活性酸素種によって葉緑体の活性酸素種の標的分子が酸化されて失活し,結果的に光合成が阻害される.Aは多くの環境要因で変動するため,水ストレスで気孔が閉じCO2が葉緑体に供給されないときなど,弱光下でもA<Pとなり,光阻害をもたらすことがある. A<P環境に長期間曝されたとき,葉の組織形成を含めタンパク質合成を伴う馴化によって,たとえば集光性クロロフィルのサイズなどの調節により,おおまかにA=Pとなるようにして光阻害を抑制している.しかし,太陽光の光量子束密度は日変化のみならず,気象条件などによって速やかに変動し,植物はA<Pの環境にしばしば遭遇し,それはサンフレックのように極めて短い時間に変動する場合もある.そのため,植物はタンパク質合成を伴わない以下の光阻害の迅速な抑制機構を備えている.
 受光量の調節:強光下では葉の調位運動や葉緑体光定位運動により,葉緑体の受光量を低下する.これらの運動が機能しないと光阻害を受ける.
 光質適応:太陽光スペクトル成分の変動を緩和しAを高くする,集光性クロロフィルを反応中心Ⅱ,Ⅰ間で移動させるステート遷移は,光化学系Ⅰ, Ⅱの光励起割合を調節する.
 過剰光エネルギーの消去:集光性クロロフィルに吸収された光エネルギー(励起エネルギー)を光化学系Ⅱ反応中心クロロフィルに移動せずに熱エネルギーとして放散する.これによって光化学系Ⅱ反応中心の電荷分離の量子収率が低下し,光化学系Ⅱでの三重項励起クロロフィル(3Chl*),一重項酸素分子(1O2)の生成を抑制する.これらによって光化学系Ⅰに送られる電子が減少し,結果的に酸素の光還元が抑制される.これらはチラコイド膜での電子伝達に伴って生ずるプロトン濃度勾配(ΔpH)とその結果として調節されるキサントフィルサイクルによって実現され,クロロフィル蛍光の非光化学的消光として見積もることができる. A<P条件下でみられる光化学系Ⅱの光阻害も同様に光化学系Ⅰへの電子の供給を抑え,これによって光阻害の拡大を抑制していると考えられる.
 過剰還元当量の消去:以上の機構によって光化学系Ⅰで還元当量の生成が抑制されるが,それでも生ずる過剰の還元当量は光呼吸やミトコンドリアでの呼吸により消費され,電子受容体NADP+を生じる.光呼吸ではCO2とADPをも生じる.NADP+が不足しているときにはO2も代替的電子受容体となってwater-waterサイクルによりH2Oに還元される.これらの過剰還元当量の消去によって光化学系Ⅱから光化学系Ⅰへの電子移動が可能となり,光化学系Ⅱ,Ⅰ間の電子キャリヤーの過還元,ひいては光化学系Ⅱ反応中心での3Chl*1O2の生成が抑制される.光化学系Ⅰ循環的電子伝達も,光化学系Ⅰ還元側の過剰な還元力をプラストキノンプールへと戻す役割を果たしていると解釈できる.
 活性酸素種の消去:water-waterサイクルは光化学系Ⅰで生ずるO2-を速やかにH2Oに還元し, O2-, H2O2,・OHによる標的分子の酸化,失活を抑制している.これが機能しないとき光化学系Ⅰの光阻害を受ける.さらに,光化学系Ⅱで生ずる3Chl*1O2はカロテンによって消去され,そのためカロテン欠損変異種は光阻害を受けやすい.
 酸化された標的分子の修復,再合成:ストロマのH2O2の標的分子であるフルクトース-1,6-ビスホスファターゼなどは酸化によりジスルフィド結合を形成して失活するが,チオレドキシン,チオレドキシンレダクターゼの働きによって活性を回復する.光化学系Ⅱ反応中心D1タンパク質はA<P条件下では失活,分解するが,これは翻訳レベルの調節により速やかに再合成され,プロセシングを経てD1タンパク質を失った反応中心複合体に入り,光化学系Ⅱの機能を回復する.

関連項目


トップ   編集 凍結解除 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:11