凍結ストレス[freezing stress]

  一般に植物体の温度は外気温とほぼ等しく,氷点下では組織は凍結の危険に曝される.この凍結,および凍結温度下で生じる様々なストレスを総称して凍結ストレスという.凍結ストレスの中身は植物種や組織により多岐にわたる.
 熱帯,亜熱帯性植物など凍結感受性の植物では,凍結温度に曝されると,マイナス数度まで過冷却したのち,凍結が急速に伝播し,細胞内まで凍結して細胞内構造が破壊され,死んでしまう.これを細胞内凍結という.一方,耐寒性のある植物組織では,凍結が制御された形で進行し,その反応は組織や種によって異なる.草本のほとんどの組織や木本の皮層組織では,細胞外凍結をひき起こす.細胞外凍結では氷晶が細胞間隙(細胞の外)にでき,細胞は急速に脱水収縮され,細胞内には氷晶はできない.この際,細胞壁と細胞膜が氷に対する障壁(氷は透さないが,水は透す)となっており,細胞内液と細胞外の氷との蒸気圧差が原動力となって,細胞内の水が急速に細胞外に移動し,凍結する.その結果,細胞内溶質が濃縮されて浸透圧が上がり,細胞外の氷との蒸気圧バランスがとれたところで水の移動がとまる. -10℃までにおおよそ70~80%の水分が脱水される.融解時には,細胞間隙の氷が融け,細胞内に急速に戻る.細胞外凍結では,このように低温,氷晶形成,急速な脱水および復水,これらによる細胞内溶質の濃縮,細胞変形などのストレスが細胞にかかる.長時間,凍結温度下に曝された場合は,さらに,氷の再結晶による肥大に伴う機械的損傷が起こることもある.細胞外凍結中の細胞内では,細胞内膜系が著しく近接し,膜どうしの予期せぬ膜融合が起こり,凍結傷害の一因になると考えられている.
 一方,木本植物の花芽や葉芽などでは,器官外凍結が生ずることが多い.器官外凍結では,氷に対する障壁が器官レベルにあり,器官丸ごと緩やかに脱水され,氷は芽を覆っている鱗片など器官外の特別な部位に集積する.器官(花,葉原基などの未分化の重要な組織)内には,氷晶ができない=氷晶形成ストレスがかからない点が重要である.また,細胞外凍結により生じる,細胞の急速な脱水復水,濃縮,細胞変形などのストレスはごく緩やかにしかかからない.
 温帯性落葉樹の木部柔細胞などでは,凍結温度下でも細胞が凍らず(凍結回避), -15~-40℃程度まで安定した過冷却状態で耐寒する.これは雲の微小水滴が過冷却するのと似た原理(核になる物質がないと水は理論的には-40℃付近まで深過冷却する)による.過冷却する細胞では,細胞外凍結に見られる氷晶形成や脱水に伴う様々なストレスはかかりにくい.しかし,過冷却では原理的に-40℃より低い温度には耐えられない.
 いずれのタイプの組織でも低温そのものは回避できない点,水や氷の挙動によりかかる凍結ストレスの中身は異なるが,複合的なストレスがかかることでは一致する.耐寒性,耐凍性機構が複雑多岐にわたる原因である.
 さらに凍結状態では環境条件や植物種により二次,三次的なストレスがかかる場合がある.たとえば,光照射があると,活性酸素種が大量に発生しやすいこと,日照や風衝により部分的に乾燥(凍結乾燥したような状態になる=寒風ストレス)すること,凍結融解により導管内に気泡が発生して(embolism),吸水に支障をきたし,地上部全体が乾燥すること,氷漬け状態に長期曝されると(iceencasement),嫌気状態になり,アルコールなどが細胞内にたまること,積雪下で高湿度環境に長期間曝されると雪腐病菌などの発生があることなどである.このように実際の冬期間,越冬中にかかるストレスを総合して越冬ストレスと呼ぶ.厳しい凍結が続く状態では光合成はできず,活性酸素種や凍結,乾燥による傷害が大きく,冬季,葉を維持しているメリットが少ない.積雪下で越冬する植物や針葉樹などを除いて,厳寒地に常緑性植物が少ない一因となっている.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:14