電子伝達阻害剤[electron transport inhibitor]

 光合成電子伝達系の特定の成分に作用して光合成電子伝達を止める薬剤.したがって,タンパク質分解酵素やSH基阻害剤のような,非特異的な作用の結果として電子伝達を阻害する薬剤は一般的には電子伝達阻害剤とは呼ばない.しかし,低濃度で特定の部位が阻害されることがわかっている場合は阻害剤とすることもある.逆に,電子伝達阻害剤として確立している試薬も,絶対的な特異性をもつものは存在しないということも注意する必要がある.どの阻害剤も高濃度になると,特異的部位以外の場所を阻害するようになる.これまで報告されている阻害剤は,その阻害様式によって大きく2つに分けられる.すなわち, (1)電子伝達体が本来結合する部位に競合して結合することによる電子伝達の阻害と, (2)電子伝達体のいわゆる活性中心を破壊することによる阻害である.
 (1)のタイプの阻害剤はキノンの結合部位に作用するものであり,光化学系ⅡQBキノン電子受容体部位に結合するものとしては,尿素系阻害剤のDCMUやトリアジン系のアトラジンやシマジンがよく知られている.o-フェナンスロリンやHOQNO (2-heptyl-4-hydroxyquinoline-N-oxide)もこの部位に作用する.光化学系Ⅱ型反応中心(QA QB 型反応中心)をもつ光合成細菌の場合はo-フェナンスロリンが阻害剤としてよく用いられる.シトクロムb6f複合体に作用するものとしては,DBMIBスチグマテリンが知られている. 両者ともプラストキノン結合部位に結合して還元型プラストキノンの酸化を阻害することで電子伝達を阻害するとされている.ただし, DBMIBは10 μM以上の濃度ではシトクロムb6f複合体をスキップして光化学系Ⅰに直接電子を渡すようになるので注意が必要である.アンチマイシンAは光合成細菌の光合成電子伝達系で働くシトクロムbc1複合体の特異的阻害剤として知られているが,シトクロムb6f複合体では有効な阻害剤ではない.
 (2)のタイプの阻害剤は多くのものがある.水から光化学系Ⅱ反応中心P680の間の電子伝達を阻害する試薬としてヒドロキシルアミン,アジ化ナトリウム, CCCPが知られている. CCCPは脱共役剤であるが,それよりも10~100倍高濃度で用いると阻害剤となる.また熱処理や,トリス処理により,水分解に必要なマンガンクラスターが特異的に破壊され酸素発生能が失われる.トリス処理したチラコイド膜は光活性化処理(光活性化反応)により酸素発生が回復する.光化学系Ⅰ反応中心P700の電子供与体であるプラストシアニンの阻害剤としてはHgCl2とKCN(二酸化炭素固定を阻害する濃度の数十倍の濃度)が知られている.これらはプラストシアニン中の銅をその結合部位から遊離させることで電子伝達を阻害する.光化学系Ⅰ,ヘリオバクテリア,緑色硫黄細菌の反応中心の還元側には多くの鉄硫黄クラスターが存在しているが,これらは基本的にはSH基の阻害剤で阻害される.ただし,実際には阻害剤の近づきやすさなどから,最初に阻害される部位はフェレドキシンまたはフェレドキシン-NADP+オキシドレダクターゼ(FNR)である.フェレドキシンを阻害する試薬としてpCMB(p-chloromercuribenzoate), FNRの阻害剤としてPMA (phenylmercuric acetate)やNEM (N-ethylmaleimide)がよく用いられるが,場合によってはFNR,フェレドキシンの両方を阻害するので注意が必要である.
 通常,阻害剤は使用する濃度の100倍以上のストックを反応液に少量加えるのが普通である.阻害剤は疎水性が高いものが多いので,多くの場合エタノールに溶解して用いるが,反応液に加えたときエタノール濃度が2%を越えないようにする.また,エタノールは蒸発しやすいので密栓して-20℃以下で保存するなどの注意が必要である.溶液中では不安定なものもあるので,阻害度が低下したり別の部位が阻害されるような場合はストックを調製し直す必要がある.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:42:57