電子線構造解析[electronmicroscopic structuralanalysis]

  生体高分子の電子線構造解析には,主に100 keV ないし200 keV の透過型電子顕微鏡(TEM :transmission electron microscope)が用いられる. TEMの測定原理は,電子レンズが用いられている点を除けば,光学顕微鏡の測定原理と似ている.これは,電子が粒子性と同時に波の性質を併せもつことによる.たとえば, 100 keV の印加電圧で加速された電子は,結晶中において,波長が0.037Åの波動として振る舞う.光学顕微鏡と同様, TEMの撮像方法には,振幅コントラスト法(電子波の吸収の強弱により明暗像を得る方法)と,位相コントラスト法(電子波の干渉を利用する方法)の2種類がある.振幅コントラスト法:生体高分子は炭素などの軽い原子から構成され,電子波の吸収率の変動によるコントラストがつきにくい.これを補うために開発されたのが,負染色法およびレプリカ法である.負染色法では,酢酸ウラニルやリン・タングステン酸など重原子を含む染料を生体高分子の周りの空間に染み込ませ,染料の分布図から生体高分子の表面形状を推定する.レプリカ法では,生体組織を急速凍結し,その表面もしくは割断面に対して斜め上方から白金カーボンを蒸着し,レプリカを作製する.そのTEM像から,試料表面の凸凹,すなわち表面に露出している生体超分子の形状を推し測る.この方法は,細胞内膜構造や膜タンパク質の分布を解析するのに用いられる.
 位相コントラスト法:電子波の位相が試料の電子密度に比例してずれるのを利用して撮像する方法で,生体超分子の内部構造を解析するのに用いられる.干渉性の高い電子線を試料に照射し,弾性散乱された電子波を球面収差のある対物レンズで集めて結像すると,試料中で生じる位相の遅れと球面収差より生じる位相の遅れとが足し合わされ,電子波が複雑に干渉して位相コントラストが生じる.より鮮明な位相コントラスト像を得るには,試料を超低温に冷やし電子線損傷の影響を抑えることが重要である.この方法を用いてタンパク質の二次元結晶を観測すると,原子レベルの分解能で構造解析ができる.まず,結品を入射電子線に対して垂直に傾け,結晶の電子線回折パターンおよび位相コントラスト像を撮る.それぞれから電子回折波の振幅および位相を求め,フーリエ変換という数学的手法を適用すると,結晶の電子密度の投影図が計算される.さらに,いろいろな方位の結品について同様な測定を行い,3次元的な構造情報を収集したのち解析すると,タンパク質の立体構造が求められる.結晶化が困難な生体超分子の構造解析には,シングル・パーティクル法が用いられる.生体超分子溶液の薄膜を急速凍結し,そのTEM像を解析すると,ランダムな方向を向いた超分子の投影像が得られる.このような投影像を数百枚ないし数千枚の単位でまとめて解析すると,超分子の内部構造を再構築できる.
 シングル・パーティクル法は,たとえば*光合成系Ⅱ複合体の構造解析に用いられ,反応中心の周りに存在する複数種類のタンパク質の相互配置が解明された.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:45:15