コラム陽だまり 第16回

論文作成昔話3 グラフの書き方

雲形

今でこそ、グラフを書くのもパソコン任せですが、以前は全て手書きです。ところが、若い学生には手書きでどうやってグラフが書けるのか想像もつかないようです。

まず、グラフは一度手書きで方眼紙に書きます。次に、その上に、厚手のトレーシングペーパーを置いて、ロットリングという一種のペンを使って、字や線を描いていくのです。直線を描くのは一番簡単で、普通に定規を使えば問題なく描くことができます。では、曲線はどうするかというと、雲形定規を使います。雲形定規というのは、いろいろな曲率の曲線、それも曲率が変化していく曲線を輪郭に持つ定規で、その形状から雲形と呼ばれます。自分の描きたい形の曲線に一番近い雲形定規の部分を使って描くことになります。しかし、雲形定規と言っても全ての曲率・形を網羅しているわけではありませんから、たいていの場合、複数の部分に分けてそれぞれを異なる雲形定規を使って描かなくてはなりません。その際に、複数の部分をつないだと他人にわかるようでは失格です。単に位置がずれずにつながると言うだけでなく、傾きが滑らかにつながるようにする必要があります。数学的にいえば、微分可能な曲線にする必要があるわけです。

字を書くのもなかなか大変です。レタリングセットという用具を使います。レタリングセットというのは、アルファベットひとそろいを溝として刻んだ物差し状の板と、これと組になったペンのセットです。ペンに連結した針を溝に滑らせると、その溝の形にロットリングのペンが動くようになっています。これで、もしTimeと書きたかったら、まず位置を決めてTの溝を使って字を書き、次にずらしてiの字を書き、またずらしてmを書き、またずらして最後にeを書くわけです。どれだけずらすかは、目分量ですから、うっかりすると字間がばらばらになってしまいます。一方で、今のプロポーショナルフォントのように、一番美しく見えるように自分で字間を調節できるという利点もありました。字の大きさは、大きさの違う字が溝に切ってある別の板を使うことによって変更します。アルファベットのように限られた数の文字だからできることで、当然、日本語は書くことができません。

字やシンボルを書くには、インスタントレタリングというものもありました。これは、要はただのシールです。シールをあててこすると、その字なりシンボルなりが転写されるわけです。少数のシンボルを書くようなときには便利でしたが、たくさん字を書くような場合には、むしろレタリングセットを使う方が楽だったように思います。

というわけで、また年寄りの繰り言に戻りますが、グラフ1枚描くのにこのような苦労が必要だった時代に比べて、現在は、必要なソフトウェアを使えば、データがそのままグラフとして出力されます。グラフを一部修正しようと思った時にも、昔だったら丸ごと描き直すしかないところが、現在だったら設定をちょっと変えてプリンターでもう一度印刷すれば済みます。先生から、細かい修正を指示されたときにも「昔に比べれば楽なもんだ」と考えて対応してほしいものです。

2013.07.22(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)