コラム陽だまり 第26回

紅葉の効用

紅葉

10月に入るとカエデの紅葉前線が日本列島を南下していきます。東京を通過するのは11月も後半に入ってからでしょうか。春の風物詩である桜の開花前線と同様、秋の風物詩としてすっかり定着しました。桜の開花前線が北上するのに対して紅葉前線の動く方向は逆ですが、前線の凹凸の様子を見るとよく似ています。桜が早く咲き始める関東以西の太平洋側は、カエデの紅葉が遅くなりますし、長野から岐阜にかけての本州中部では、桜は遅く、逆に紅葉は早くなっています。イチョウの黄葉前線でも同じですね。これは、花の開花も、葉の紅葉も、どちらも温度の影響を大きく受けるからなのでしょう。

ところが先日、家の庭でマンリョウ(万両)の古い葉が真っ赤に紅葉しているのを見つけました。7月上旬のことです。マンリョウは、お正月ごろにきれいな赤い実をつけるため、縁起物として庭などにもよく植えられる低木で、常緑の樹木です。常緑樹は、サクラなどの落葉樹と違って、秋に一斉に葉を落とすわけではありません。とは言え、常緑樹も一枚の葉を永遠に使い続けるわけではありませんから、いつかは葉を落とします。葉を落とす時期は、樹木の種類によって違いますが、マンリョウは夏なのでしょう。でも、なぜわざわざ紅葉してから葉を落とすのかが不思議です。

普通に見られる紅葉の仕組み自体はある程度わかっています。葉の中の糖を原料に赤い色素のアントシアンが作られ、一方で緑色の色素であるクロロフィルが分解されていくため、葉は緑から赤へと変わります。しかし、何のために赤い色素を作る必要があるのかはよくわかりません。秋に紅葉する植物の場合は、温度が低下すると、葉の中の糖を木の本体の方へ回収できなくなるために、余った糖が、いわば「仕方なく」赤い色素になる可能性もあります。しかし、7月に紅葉するマンリョウの場合は、「温度が低くなって」という理由では説明が付きません。

赤い色素のアントシアンには、光をさえぎるサングラスとしての効果や、生物にとって毒として働く活性酸素を減らす働きがあります。樹木は、葉を落とす前には、葉緑体を分解してその中の再利用できる物質を回収しますから、もしかしたら、そのような分解の途中で不安定になっている葉緑体に光が当たると危険なのかもしれません。それを避けるためにアントシアンが必要だとすれば、紅葉が秋でも夏でも必要な理由は理解できます。ただ、今度は、世の中には紅葉しない樹木の方が多いことが不思議になってきますが。昔から、紅葉の研究を一度やってみたいと思っているのですが、さすがに秋の一週間しか実験できないとなると難しいかなと思い、あきらめています。まあ、老後の楽しみにとっておきましょう。

2013.10.07(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)