#freeze
*同位体効果[isotope effect] [#sbae05dc]
  炭素,酸素,窒素,水素,硫黄などの元素には,同じ原子番号をもち,質量数が異なる同位体が存在する.このうち,放射線を発しない安定な同位体のことを安定同位体という.安定同位体の拡散速度や化学反応速度は質量数に影響されるため,様々な物理化学的過程を経ることにより,安定同位体の比率(安定同位体比)はわずかに変動する.これを同位体効果と呼ぶ.炭素,酸素,窒素,水素,および硫黄の安定同位体比は, δ&supsc(13);C,δ&supsc(18);O,δ&supsc(15);N,δD,およびδ&supsc(34);Sと表記され,標準物質に対する千分偏差(‰)によって次のように表される.

#ref(isotope effect1.png)

'''R'''&subsc(sample);と'''R'''&subsc(standard);は,サンプルと標準物質の安定同位体組成(&supsc(13);C/&supsc(12);C,&supsc(15);N/&supsc(14);N,&supsc(18);O/&supsc(16);O,D/H,&supsc(34);S/&supsc(32);S)である.
&br;  植物において光合成の過程で生じる炭素安定同位体比の変動を同位体分別(carbon isotope discrimination)と呼び,Δ(ギリシャ文字の大文字のデルタ)で表記される.Δは光合成反応の基質である大気中の二酸化炭素のδ&supsc(13);C(δ&supsc(13);C&subsc(a);)と植物体のδ&supsc(13);C(δ&supsc(13);C&subsc(p);)から,次のように表される.

#ref(isotope effect2.png)

δ&supsc(13);C&subsc(a);値は上層大気でおよそー8‰であるが,植物の[[呼吸]]や,自動車の排気ガスなど化石燃料由来の二酸化炭素の影響がある場合には,これよりも低い値になる.Δに関与する過程には,[[二酸化炭素の拡散]]や水中への溶解,光呼吸, [[Rubisco]]や[[ホスホエノールピルビン酸]](PEP)カルボキシラーゼによる[[二酸化炭素固定]]などがある. [[Rubisco]]による同位体効果は他の過程と比べると大きいため,まずPEPカルボキシラーゼによって炭素が固定される[[C&subsc(4);植物>C4植物]]よりも[[C&subsc(3);植物>C3植物]]の葉のΔは大きい.C&subsc(3);植物とC&subsc(4);植物の葉の平均的なδ&supsc(13);Cはー28‰とー14‰であるが,C&subsc(4);植物間では[[C&subsc(4);植物サブタイプ>C4植物]]により異なる. &br; C&subsc(3);植物では,Δは[[水利用効率]]の指標として広く利用されており,Δが小さいほど水利用効率は高いと考えられる.ただし,葉の内部構造が異なる場合や気象条件が極端に異なる場合には,Δによる水利用効率の比較は不適切なことがある.また,Δと光合成速度の同時測定により,葉の内部における二酸化炭素の[[拡散抵抗(コンダクタンス)]](葉肉抵抗)の推定が行われている.葉の有機物のδ&supsc(18);Oにも光合成過程が反映され,特に[[蒸散]]の影響が大きい.酸素と窒素の安定同位体比は植物が利用する元素の起源の推定に利用されており,葉の有機物のδ&supsc(18);Oには土壌水のδ&supsc(18);Oが反映され,[[窒素固定]]植物では植物組織の窒素安定同位体比δ&supsc(15);Nには大気由来の窒素割合が反映される.&br; 植物の有機物の炭素および窒素の安定同位体比については,元素分析計と安定同位体比測定用の質量分析計を結合したシステムによる半自動測定が行われている.大気の安定同位体比測定のためには,キャビティリングダウン分光分析装置(CRDS)が用いられる.また,波長可変半導体レーザー吸収分光法(Tunable Diode Laser Absorption Spectroscopy,TDLAS)を用いることにより,高い時間分解能で迅速に光合成とΔを同時測定することが可能となり,C&subsc(3);植物における[[拡散抵抗(コンダクタンス)]]の環境応答や,C&subsc(4);植物における二酸化炭素濃縮機構の効率などが調べられている。

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