フィトクロム[phytochrome]

  赤色-遠赤色光可逆的反応光受容体として1959年に同定された色素タンパク質.被子植物のみならず,裸子植物,シダ類,コケ類,緑藻類にも存在する.また,シアノバクテリアなどの原核生物にもフィトクロムと似たタンパク質が存在する.単量体分子量約12万の水溶性タンパク質で,ホモ二量体として存在する.発色団を結合するN末端側ドメインと,二量体化に必要とされキナーゼ活性をもつC末端側ドメインから成り,発色団としては開環テトラピロール構造をもつフィトクロモビリンをチオエーテル結合する.
 フィトクロムには,赤色光(660 nm)を吸収するPrと遠赤色光(730nm)を吸収するPfrの2つの安定な型が存在し,両者の間を光変換する.ここで,Prは不活性型であり,Prが光を吸収して活性型のPfrに光変換することでフィトクロム反応が起こると考えられる.一方,遠赤色光を照射することによりPfrを不活性型のPrに戻すことができる.フィトクロム分子がもつこの性質から,フィトクロム応答の特徴である赤色-遠赤色光可逆性が説明される.ただし,連続遠赤色光照射による高照射(高エネルギー)反応や,非常に微量の赤色光による超低光量反応など,赤色-遠赤色光可逆性がみられない反応様式も知られている.
 フィトクロムは様々な生理過程に関与するが,特に,光発芽黄化芽生えから緑色芽生えへの転換,避陰反応花芽形成などについて詳しく研究がなされている.フィトクロムは,根を含む様々な器官,組織で発現している.細胞内分布は,不活性型であるPrが細胞質内に存在するのに対し,光により活性化された後は核内に移行し,PIFと呼ばれる転写因子との相互作用を介して遺伝子の発現を制御する.シグナル伝達機構については,転写因子との相互作用に加えて,カルシウムイオンやGタンパク質の関与も提唱されているが,その詳細は不明である.
 シロイヌナズナや他の植物の研究結果から,被子植物のフィトクロムはフィトクロムAB/D,C,Eの4つのグループに分かれると考えられる.このなかでフィトクロムAは明所で不安定なフィトクロムであり, Pfr暗失活により光照射後はそのレベルが著しく低下する.フィトクロムAに特有の反応として,上に述べた高照射(高エネルギー)反応や超低光量反応が知られている.一方,明所でみられる光応答では,明所で安定に存在するフィトクロムBが主要な役割を果たしている.
 シアノバクテリアを含む多くの真正細菌や真核生物の菌類にも、フィトクロム類が存在する.シアノバクテリア以外の真正細菌や菌類では、ビリベルジンを発色団とする.シアノバクテリアには、ビリベルジンを発色団とするものとフィコシアノビリンを発色団とするものが共存する.フィトクロム類の多くはゲノム解析などで見つかってきた、その機能の研究は進行中である.たとえば、プロテオバクテリアのBradyrhizobiumでは光合成装置に蓄積を制御しており、ある種のシアノバクテリアでは長波長吸収型のクロロフィルfやクロロフィルdの合成と光合成の光化学系Ⅰ、光化学系Ⅱの遺伝子発現を制御している.また、菌類では、コウジカビの仲間の完全菌Aspergillus nidulansでは、有性生殖の抑制にかかわっているという.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:46:09