光の吸収[optical absorption]

  光と物質は様々な形で相互作用をする.その代表的なものが分子による光の吸収である.光は電磁波として,振動する電場をもっている.分子中の電子はその電場に揺り動かされて高いエネルギー状態にもち上げられる.これが光吸収であるが,このとき分子中の電子状態について量子力学的な考え方が必要である.これらの電子は粒子性よりも波動としての特徴を強く発揮する.分子は多くの原子が化学結合することによってできている.可視光を吸収しうる分子は通常高い平面性をもっている.そのようなところでは2種類の化学結合が形成される.σ結合とπ結合である.σ結合は分子平面内方向に伸びた電子雲の重なりで形成される強い結合で,それに与る電子をσ電子という.π結合は分子平面から垂直方向に伸びた電子雲の重なりで形成される弱い結合で,それに与る電子をπ電子という.π電子は結合の組み手を異なった隣のπ電子へ交換することにより,連続してπ結合した領域(これを共役領域という)を伝わっていくことができる.すなわちπ電子は非局在状態になる.それに対してσ電子は局在したままである.
 一般に分子のように狭い領域に閉じ込められた電子のエネルギー状態は飛び飛びの値をとる.ちょうど両端を固定した弦を弾いて,節を0, 1, 2,…個とつくると,飛び飛びの次第に高い音が出るのに似ている.弦の長さが短いときに高い周波数の振動が出るのと同じで,σ電子のように伝わる範囲が狭いと大きなエネルギーレベル間隔ができる.それに対して.π電子のように伝わる範囲が広いと小さなエネルギーレベル間隔ができる.
 量子力学によれば,つくられたエネルギー順位に電子が2個ずつエネルギーの低いほうから詰められていく.そうして,一番エネルギーの高い詰まったレベルはπ電子の軌道となり,また一番エネルギーの低い空いたレベルもπ電子の軌道になる.光子のエネルギーhvが電子の詰まったエネルギーレベルと電子の空いたエネルギーレベルの差ΔEに一致した場合のみ光吸収が可能になる. ΔE=hc/λとおくとき,λは吸収波長または最大吸収波長と呼ばれる.可視光のような長波長の光子を吸収するためには.ΔEの小さいπ電子の最高占有準位(HOMO)からπ電子の最低非占有準位(LUMO)の遷移が必要である.ΔEを小さくするにはπ電子の共役領域を大きくしなければいけない.生体に含まれる色素(カロテノイドクロロフィルなど)は大きな共役領域をもっているので,可視光の吸収に適している.また,分子中のπ電子の分布はタンパク質媒体など分子の置かれる環境によって変化し,それによって吸収波長が大きくシフトする.生体はある程度大きな共役分子を発色団として用い,様々な分子環境をつくり出して,非常に多くの種類の波長の光を吸収できるようにしている.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:08