気孔[stoma (pl.stomata)]

  気孔は植物体の表皮に存在する小さい孔で,ギリシャ語の“mouth"を意味する.この孔は周囲を一対の孔辺細胞に囲まれ,孔辺細胞対を含めて気孔ということが多い.さらに,孔辺細胞の隣の副細胞を含めて気孔複合体ということもある.気孔は開閉することにより植物体と大気間のガス交換の調節を行い,光合成によるCO2の吸収,蒸散などを可能にしている.また,蒸散により葉の温度を低下させることや,花弁に存在する気孔は呼吸基質としての酸素の取り込みに役立つことが知られている.気孔は維管束を持つほとんどすべての植物に存在し,約4億年前のデボン紀初期に維管束やクチクラの発達とともに形成されたと考えられ,植物の陸上への進出を可能にしたとされる.唯一の例外として,気孔を欠いた原始的なシダの仲間(ミズニラ科Stylitesandicola)がアンデス高地で発見された.この植物は地上の緑色組織は大気中のCO2を取り込むことができず,根からCO2を吸収するため,分布が局限される.
 気孔は緑色組織の表皮,特に葉面や茎に多く存在するが,花弁,萼,おしべ,バナナ,ブドウ,リンゴなどの果皮,さらに,根,地下茎にも存在する.葉の両面に気孔が存在する植物(両面気孔葉)では普通,下面の気孔数が多い.多くの木本植物のように,もっぱら葉の裏面に存在するもの(下面気孔葉),スイレンのように上面だけ存在するもの(上面気孔葉)もある.気孔の密度は葉の先端,中央,基部,周縁部では異なることが多く,環境条件によっても変化する.また,ツユクサ,タマネギ,トウモロコシ,サトウキビなどの多くの単子葉植物や裸子植物では葉脈に平行に気孔が並び,ソラマメ,タバコなどの双子葉植物では一定の方向性はない.ユキノシタでは気孔がクラスターを形成し,葉面にパッチ状で存在し,気孔腔を共有している.孔辺細胞の形は腎臓型と亜鈴型の大きく2つに分けられ,裸子植物,双子葉植物では腎臓型で,気孔が楕円形になる.亜鈴型の気孔は単子葉植物の一部に限られ,トウモロコシやサトウキビなどのイネ科ではすべて亜鈴型で気孔の形はスリット状である.
 気孔の開・閉は,孔辺細胞の体積増・減に伴い,不均等な厚さの細胞壁とセルロースミクロフィブリルの配向に制御される形態変化によって誘導される.孔辺細胞にK+,Cl-,リンゴ酸イオンが蓄積されると,孔辺細胞の水ポテンシャルが低下し,水が流入し,孔辺細胞の膨圧が増大し,気孔が開く.このとき,濃度勾配に逆らったK+取り込みの駆動力を形成するのは細胞膜プロトン-ATPaseである.この酵素はフォトトロピンの吸収する青色光によって活性化され,孔辺細胞外にH+を輸送し,細胞内がマイナスの膜電位を形成する.この膜電位に応答して同じ膜上の電位依存性内向き整流性K+チャネルが開口し,K+が電気泳動的に取り込まれ孔辺細胞内に蓄積される.午後になるとK+やCl-にショ糖が置き換わり,これが浸透物質として水ポテンシャルを低下させ,午後の気孔開口を維持するとする報告がなされているが,その分子機構は不明である.
 気孔閉鎖は植物ホルモンのアブシジン酸や高濃度CO2により誘導される.たとえば,アブシジン酸の濃度が増加すると,細胞膜アニオンチャネルが活性化され,孔辺細胞に蓄積したリンゴ酸やCl-が濃度勾配に従って流出する.その結果,孔辺細胞の膜電位はプラス側へシフト(脱分極)し,同じ膜上の脱分極依存性外向き整流性K+チャネルが活性化され,今度は蓄積したK+が流出する.このとき,気孔開口を駆動する細胞膜プロトン-ATPaseはアブシジン酸に阻害され,膜電位を脱分極側に保つのに役立っている.このようにして,アニオンとK+が連続して流出し,気孔が閉鎖する.気孔開口に関与する内向き整流性K+チャネルと外向き整流性K+チャネルは別のタンパク質である.

関連項目


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:46:13