無放射遷移[non-radiative transition]

  スピンが一重項基底状態にある分子を光吸収などで一重項励起状態に上げると,そのあと分子は蛍光を出して基底状態にもどるか,熱のみを放出してスピンの三重項状態か元の一重項基底状態にもどる.分子間の相互作用がある場合には,励起状態から励起エネルギー移動や電子移動などのチャネルを使って別の分子に励起エネルギーを与えることもある.元の一重項基底状態に降りてくる場合を内部転換(internalconversion)といい,三重項状態に降りてくる場合を項間交差(intersystem crossing)と呼ぶ.三重項状態から基底一重項状態に降りてくる場合も項間交差である.内部転換と項間交差を合わせて無放射遷移あるいは無輻射遷移という.無放射遷移は分子の断熱近似(電子の質量は原子核の質量に比べて数千倍も軽いので,原子核のあらゆる運動にすぐさま対応するという近似)が破綻することによる現象である.
 本来断熱近似で求めた基底状態と励起状態は直交しており,断熱近似が成り立つ限り,励起状態にある分子は永久に励起状態にあるはずである.ところが,断熱近似のわずかな破れが励起状態を不安定にするのである.通常の分子では内部転換は1ナノ秒から数十ナノ秒の速さで起こり,これは蛍光を放射する速度とほぼ同じである.項間交差の速度はそれよりずっと遅く,1ミクロ秒からミリ秒の時間で起こる.これはリン光を放射する速度とほぼ同じである.項間交差の速度が遅いのは,遷移の過程でスピンが反転するためである(スピン禁制遷移).この遷移が起こるためには,スピン・オービット相互作用項を用いて,たとえば励起一重項状態に三重項状態を混ぜるか,三重項状態に励起一重項状態を混ぜる過程が1つ加わる必要がある.しかし,その混ざり方が非常に少ないために,一般にスピン禁制遷移は遅くなる.それでもスピン・オービット相互作用の行列要素の大きさは原子の原子価Zの4乗に比例するので,Zの大きな原子を含む分子では相対的に遷移速度が速くなる.このことを項間交差における重原子効果という.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:09