第4回「運動とストレス」

運動とストレス

 その昔、駒場で大学院生活を送っていたころにテニスを始めました。誰が名付けたのか「院生」という無粋な名前のサークルがあって、先輩方(例えば現在の岡山大学のT教授や東京薬科大学のY教授)が、学生のサークルに混ざって月に三回か四回コートを確保していたのです。隣のコートでは威勢のよい掛け声とともに学部一、二年生がきびきびと動く中で、まったりとテニスをしているうちに病みつきになりました。以来三十年近くテニスを続けているのですが、諸行無常は不変の真理、年と共に変化が訪れるのは避けられません。以前はうまくなるためにやっていたトレーニングが、今や怪我を避けるために必須なものになりました。昔はトレーニングをすると筋力が向上したのですが、今はトレーニングを続けても何も変わりません。ならばとトレーニングをやめると体力ががっくり衰えるのですから、始末に負えません。岩を押し上げるシシュポスの気持ちがよくわかります。

 「運動は体に悪いからしない」と豪語している人もいて、確かにトレーニングせずにいきなり激しい運動をすると悲惨な状態になります。とは言え、どの程度だと「激しい」のかは人によって異なります。宇宙ステーションでの滞在から帰った人にとっては、地球上で歩くことが激しい運動になるわけですから。日頃から運動をしていることこそが「激しい」運動を避ける方策とも言えるわけです。

 植物のストレス応答でも同じことが言えます。強すぎる光を浴びて葉の色が変わってしまう葉焼けについて、どのくらいの強さの光だと葉焼けが起こるのですか、と聞かれることがあります。これに対してはわからない、と答えるしかありません。ごく弱い光の下で育てた植物は、それより少し強い程度の光で葉焼けを起こすことがある一方、もともと強い光の下で育てていると、めったなことでは日焼けが起こりません。あくまで、それまでの生育光の強さとの兼ね合いで決まるわけです。もっとも、植物によっては、少しずつ強い光に慣らして行っても直射日光には耐えられない、というものもあります。CAM植物の胡蝶蘭などは典型的な例です。いくらトレーニングをしても、人間が100 mを5秒で走れるようにはならないのと一緒でしょう。結局、氏も育ちも両方重要なわけです。

 というわけで、ある程度のストレスは体にいいのだと自分に言い聞かせて、日々の仕事に立ち向かっています。

2013.04.30 (文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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