第48回「卒業生へのスピーチ」

卒業生へのスピーチ

 皆さん卒業おめでとうございます。今年は学科の創立50周年ということで卒業生が集まって盛大にお祝いをしました。そのパーティーの際に一つ重大な発見をしました。昔のアルバムが展示されていたのを見たところ、何と学科のN先生の頭に毛があるのです。現在の光輝く様子からは想像もつかない若々しさでした。当たり前のことですが、人間は成長して変わっていきます。その当たり前のことを、実は普段あまりきちんと認識していないということがよくわかりました。

 そのような認識不足は僕だけのことではないようです。若い学生に「いついつまでにこの実験を終えておいてね」とか「この論文を読んでおいてね」といった、おそらくその学生にとっては多少ハードルが高く感じられることを指示すると、例えば「私は英語が苦手なのでできません」という答えが返ってくることがあります。そのような場合には、先輩の名前を挙げて「でも○○さんでも出来たんだし」と勇気づけるつもりで言ってもたいてい「いや○○さんは優秀ですから」という謙遜した(?)答えしか返ってきません。○○さんだって最初からできたわけではないことが理解できないようなのです。

 僕自身にしても、徐々にできなかったことができるようになって現在に至るのですが、N先生が大昔から光輝く頭を持っているように見えるのと同じで、若い学生からは昔から何でもできるように見えるようです。実際にはもちろんそんなことはありません。先日、留学時代に日本に送った英文のメール(当時は日本語でメールを送ることができませんでした)を見直したら、その英語のひどさに我ながらあきれました。留学したのは助手になってからですから、大学を卒業して、大学院5年間を終えて理学博士の学位を取得し、さらに理化学研究所でのポスドクを終えて大学の助手に着任したあとの話です。それでこの程度の英語だとすれば、大学院生の初めのころの英語など推して知るべしです。人間だれしも少しずつ成長するのだということ、しかも30過ぎてからでも成長するのだということがよくわかります。

 もっとも、何もしないで成長できるわけではないのも確かです。おそらく「僕は英語が苦手だから」といって英語を敬遠し続ければ、英語がうまくならずに終わったかもしれません。要は、成長する気があるかどうか、ということでしょう。「○○が苦手ですから」というセリフは、たいていの場合「努力をしてまで○○をやる気になれません」という意味であるように思います。人間、生き方はそれぞれですから、努力をせず、常に一番楽な道を選ぶという人がいてもよいのかもしれません。しかし、これまで何の努力もせずに生きて来てこの卒業式の場に出席しているという人はいないのではないでしょうか。それぞれ、何らかの努力を経て今に至っているはずです。そうであれば、是非その努力を続けてほしいと思います。皆さんの今後の活躍を期待しています。

2014.3.31(文:園池公毅/イラスト:立川有佳)
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