葉緑体の光合成反応に関与するタンパク質複合体は,核ゲノムと色素体ゲノムにコードされるタンパク質で構成されているため,機能的な葉緑体形成には,核ゲノムと色素体ゲノムの協調的な遺伝子発現が必要である.葉緑体機能を阻害するような突然変異や阻害剤処理により,多くの核コード光合成関連遺伝子の発現が抑制されることから,葉緑体の機能性を伝えるシグナルが色素体から核に伝えられていると考えられており,これはレトログレードシグナルやプラスチドシグナルとよばれている.カロテノイド生合成阻害剤であるノルフルラゾンを処理しても,核コード光合成関連遺伝子の発現が抑制されないシロイヌナズナの変異体が単離され,核と色素体ゲノムの遺伝子発現が協調していないことからgenomes uncoupled (gun) 変異体と名付けられた.これまでにgun1~gun6の変異体が単離されており,gun2~gun6の原因遺伝子はテトラピロール代謝系の酵素をコードする遺伝子であることが明らかになっている.一方,gun1は抗生物質であるリンコマイシン処理によってもgun表現型を示し,その原因遺伝子はペンタトリコペプチドリピート(PPR)ドメインとsmall mutS-related (SMR)ドメインを有する色素体に局在するタンパク質であることが明らかとなった.GUN1タンパク質は,色素体のリボソームのサブユニットやテトラピロール代謝系酵素などの色素体内の様々なタンパク質,さらにテトラピロールであるヘムとも相互作用することが示されている.またGUN1がPPRドメインを介して色素体DNAと相互作用して,色素体ゲノム遺伝子の発現を調節することも示されている.GUN1は高いレベルで遺伝子発現しているものの,葉緑体形成時に活性化される色素体のClpプロテアーゼによる急速な分解を受けることから,葉緑体形成の初期段階でのみタンパク質の蓄積が認められている.以上のことから,葉緑体形成初期段階にテトラピロールや色素体ゲノム遺伝子発現などの関係する複数のタンパク質と超複合体を形成して,レトログレードシグナルを統合する情報伝達因子であると考えられているが,成熟段階でも機能するという報告も成されており,その詳細な機能は未だ不明である.