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*水ポテンシャル[water potential] [#d45a63fa]
  水ポテンシャル(water potential,Ψw)は対象とする系の水の化学ポテンシャル(chemical potential)と,標準状態の水の化学ポテンシャルとの差(μw-μ0)を,水の部分モル体積(V’w,ここでは通常の体積とはアポストロフィー’で区別する)で除した値である。単位は通常MPaが使われる.
&br;&br;【化学ポテンシャル】
&br; 物体(熱力学的な体系)の持つエネルギーの一種で,外部に仕事として取り出すことが可能なエネルギーを自由エネルギーという.とくに生物に関係する系においては,圧力と体積を考慮したギブスの自由エネルギー(Gibbs free energy)を扱う.化学ポテンシャル(μ)は,系内で関心のある物質jの1モル当たりのギブスの自由エネルギー(G)を表している(単位はJ mol&supsc(-1);).μは,系の温度t,圧力p,電気化学ポテンシャルe,高さhが一定で,かつ系内の物質j以外の物質の分子数nが一定の条件下において,系に物質j分子njを1モル追加したときに増加するGとして次の式で表現されるμj = (∂G/∂nj)t,p,e,h,n.例えば,系内で物質jがAからBへ変化(例えば移動)したとき,物質jの化学ポテンシャル差(μA-μB)が正であれば,その変化は自発的に起こる。この時,μA-μBは最大の仕事量を表し,値が大きいほど変化の原動力が大きいことを示している.
&br; 水を対象としたとき,水の化学ポテンシャル(μw)は濃度,圧力,重力に依存しており,式(1)で表される。水分子には電荷がないので電気化学ポテンシャルは考えない.

μw = μ0 + R∙T∙lnaw + P∙V’w + mw∙g∙h               式(1)

ここで,μ0は対照となる純水の化学ポテンシャル, Rはガス定数(8.314 J mol&supsc(-1); K&supsc(-1);),Tは絶対温度(K),lnawは水の活動度awの自然対数(無単位),Pは圧力(Pa),V’wは水の部分モル体積(m&supsc(3); mol&supsc(-1);),mwは水のモル質量(18 g mol&supsc(-1);),gは重力加速度(9.8 m s&supsc(-2);),hは高さ(m)である.
&br; awは溶液中の水の濃度による効果を表し,活量係数(γw)とモル分率(Nw)から aw = γw ∙ Nwとして表される.ここでは希薄な溶液での理想的な状態としてγw = 1とする.純水と比べて溶液では,溶質のために溶媒となる水のモル分率(濃度)が小さいため水の活量も小さくなり,R∙T∙lnawは小さい.V’wはGと同様に,系の温度t,圧力p,電気化学ポテンシャルe,高さh,水以外の物質の分子数nを一定とした条件で,系に水分子nwを1モル追加したときに増加する体積であるV’w = (∂V/∂nw)t,p,e,h,n.
&br;&br;【水ポテンシャル】
&br; 水ポテンシャル(Ψw)は,水の化学ポテンシャル差(μw-μ0)を,水の部分モル体積(V’w)で除した値である。式(1)を元にして次の式(2)にまとめられる.

Ψw = (μw-μ0)/V’w = (R∙T∙lnaw)/V’w + (P∙V’w)/V’w + (mw∙g∙h)/V’w

Ψw = Ψs + Ψp + Ψg                       式(2)

ここで,Ψsは浸透ポテンシャル(osmotic potential),Ψpは圧ポテンシャル(pressure potential,植物細胞では膨圧),Ψgは重力ポテンシャル(gravitaional potential)である.単位はPa(= (J mol&supsc(-1);)/(m&supsc(3); mol&supsc(-1);) = (N m)/(m&supsc(3);) = N m&supsc(-2);))である.
&br;&br;【水移動と水ポテンシャル勾配】
&br; 植物体内における水移動は,水ポテンシャル勾配(ΔΨw)を原動力とする.例として,植物細胞が細胞膜の外側(”o”で表す)から細胞膜の内側(”i”で表す)へ水を吸収する時を考えよう.ここでは,周囲の水を標準状態の純水(Ψwo = Ψso + Ψpo = 0 + 0 = 0)とする。細胞質には溶質があるので,Ψsiが負(例えば-1 MPa)であり細胞のΨwiは負である(Ψwi = Ψsi + Ψpi = -1 + 0 = -1).したがって,細胞内外に正のΔΨw(= Ψwo - Ψwi = 1)があり,これを原動力として水は細胞内に移動する.この水移動がしばらく続き細胞内の体積が増大していくと,細胞壁の弾性的性質のため細胞質に対する圧迫(壁圧)が強くなってくる.その結果,細胞質のΨpiが正に増大し負のΨsiを打ち消すようになる.Ψpiがさらに大きくなり,Ψwi = -1 + 1 = 0 となったとき,細胞内外でΔΨw = 0となるので細胞内への水の移動は停止する.
&br; 植物体内では土壌から根に入り,茎あるいは幹を通って葉から大気へ蒸散する水のつながりがある(Soil-Plant-Atmospheric Continuum,SPAC).定常状態における液体の水移動の原動力は,水ポテンシャル勾配(ΔΨw)で説明できる.ただし,Ψwを構成する要素(Ψs,Ψp,Ψg)の大きさは各部分で異なっている。仮に葉で活発に蒸散している定常状態において,葉の細胞でΨw=-1 MPaであるとしよう。葉の細胞ではΨw = Ψs + Ψp = -1.5 + 0.5 = -1 MPaという構成が一般的に想定される.このとき,葉に近い導管内ではΨw = Ψs + Ψp = 0 + -1 = -1MPaという構成が考えられる.一般的に導管内部ではΨs ≈ 0 MPaと想定され、ΔΨp(= ΔΨw)が根から葉へ至る長距離の水移動の原動力となる([[蒸散流>蒸散流]]).ここでは,根のΨwは0 MPaに近い値とおき、また高さ10 m程度までの植物を想定しΨgを無視した.
&br; 樹高の高い樹木ではΨgが重要な要素となる.例えば高さ100 mの樹冠ではΨg ≈ 1 MPaが常にΨwに加算される.人工の高さ100 m水柱では,根元に水圧(Ψp = 1 MPa)が存在するので,切断すれば水が噴き出す。これに対して高木の根元付近の幹を傷つけても水が噴き出さない理由は,樹冠の葉の細胞質のΨs < -1 MPaなどにより,Ψgを打ち消した上にさらにΨwが負に傾いて,水が樹冠へ引き上げられているからである.
&br;&br;【土壌の水ポテンシャル】
&br; さらに,マトリックポテンシャル(Ψm、matric potential)が土壌や細胞壁中の水ポテンシャルを考えるときに有効である.Ψmは液体の水と個体表面との間に働く力によって水の活動係数(γw)が低下することに由来する.Ψmと浸透ポテンシャル(Ψs)との区別はあいまいでΨsに含まれることもある.両者の違いはΨsでは希薄溶液を想定しγw = 1であったが,Ψmではγw < 1である.例えば土壌中(あるいは細胞質のようにコロイドを含む液体中)の浸透ポテンシャル(ΨS)はaw = γw ∙ Nwを利用して式(3)のように変形できる.

ΨS = (R∙T∙lnaw)/V’w = (R∙T∙lnγw)/V’w + (R∙T∙lnNw)/V’w = Ψm +Ψs     式(3)

土壌の水ポテンシャル(Ψsoil)では,重力水が降下した後ではΨgとΨpは無視できるのでΨsoil = Ψs + Ψmと考えて差し支えない.

**参考文献 [#k89f5b9c]
Nobel PS (2005) Physicochemical and Environmental Plant Physiology, Third edition, Elsevier Academic Press. P56-~
Jones HG (1991) Plants and Microclimate, Second edition, Cambridge University Press. P76-~
寺島一郎(2014)植物の生態、裳華房、P50-~

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