「私の論文」

No.14
遠藤剛(京都大学生命科学研究科)

浅田浩二先生を偲んで

 昨年(2013年)暮れに、浅田浩二先生が亡くなられた。満80歳のお誕生日を迎えたばかりのあまりに早いご逝去であり、大学から退職後も活発に研究アドヴァイザー等としてご活躍されていただけに、日本の光合成研究にとっても大きな喪失であったと残念に思えてならない。浅田先生は、研究生活を始めるに当たり、イネやトウモロコシ等の作物が最適な環境で栽培されても、太陽光エネルギー固定効率は最高で3〜4%にすぎないことに注目し、どのような環境条件の組み合わせが、どのような分子機構で光合成効率を低下させているのか?という疑問の解明を志したと聞いている。またこの研究の過程で、植物以外の生物が太陽光によって障害を受けるにもかかわらず常に太陽光にさらされている光合成生物がどうして「日焼け」しないのかという疑問を持たれ、これがライフワークとなった葉緑体での活性酸素の生成と消去のメカニズムの解明の研究に発展した。そもそも今日人口に膾炙する「活性酸素」という日本語は浅田先生の造語である。

 私は、1989年から浅田先生が京都大学を退官されるまでの7年間を研究室のスタッフとして、身近に教えを請う機会を与えられた。私の研究テーマは、当時、ドイツのSchreiber博士が中心になって開発されたPAMクロロフィル蛍光/P700測定装置を用いて、光合成明反応のバイパス経路の研究をするということであった。浅田先生の提唱された活性酸素消去系(Water-water cycle, Asada 2000)も電子伝達バイパスの一経路であるが、私の研究は別のバイパス経路である循環的電子伝達系の解析につながっていった。ここでは、博士課程から研究室に加わった中国人留学生Mi Hualingさん(現:中国科学院上海植物生理学研究所)と一緒に行ったシアノバクテリアでの循環的電子伝達系の研究について紹介したいと思う。

 細胞レベルでの生理学的実験を行いたいと考え、均一な細胞を多量かつ容易に培養可能なシアノバクテリアを材料に選択した。浅田先生は、Würzburg大のHeber教授、Schreiber博士らとの共同研究で白色光パルスと赤外光照射の組み合わせにより、P700の酸化還元を指標とした循環的電子伝達の測定法をその当時発表していた(Asada et al. 1990)。私どもも、まずその手法を用いた解析を行ってみた。ただ、それまでの循環的電子伝達の研究は嫌気的条件下で行うことが通例であったが、生理的条件での機能解明のために好気的条件で実験を行うことにした。実験を初めてすぐに気がついたことは、赤外光でPSIを選択的に励起しても、シアノバクテリアは、植物葉緑体とは対照的に、P700が酸化されにくい点であった。この現象は、PSIIとは別の電子供与源から電子伝達系間鎖への電子の流入を想定する以外に説明がつかない。この電子流入はDCMUでは阻害されずDBMIBで阻害されることから、プラストキノン(PQ)プールが電子の流入位置であることがわかった。また、DBMIBによる阻害が不完全であったため、プラストシアニンの阻害剤候補として低濃度の塩化水銀を用いたとところ、PSIIからPSIへの電子伝達はプラストシアニンも含めて阻害されず、プラストキノンへの電子流入のみがきれいに阻害されるという予想外の結果が得られた。遅ればせながら文献を検索するとシアノバクテリアでは、呼吸電子伝達鎖と光合成電子伝達鎖がともに、チラコイド膜に存在し、PQプールを共有しているとする説が有力であることがわかった。この説が正しければ、塩化水銀の阻害場所は、呼吸電子伝達鎖からキノンへの電子伝達を行うNAD(P)Hデヒドロゲナーゼ(NDH)の可能性が高いことになる。このシアノバクテリアの塩化水銀に阻害されるPQ還元経路については、Miさんが1991年の植物生理学会で発表したが、偶然にも同じ学会で、当時理研に在籍されておられた(その後、名古屋大)小川晃男先生が、シアノバクテリアのNDHサブユニットのノックアウト株は、二酸化炭素の濃縮ができず、通常大気下での生育が著しく低下するという報告をされた。その後、小川先生から分与頂いたNDH欠損株を用いて、塩化水銀で阻害されるサイトがNDHであること、また明所下ではPSIでできた還元力がNDH経由でPQを還元することで循環的に電子が伝達されることを明らかにすることができた。これらの研究で、呼吸と光合成電子伝達がPQを共有することと、循環的電子伝達が細胞レベルで機能していることを初めて実験的に実証できた。また、一連の研究の中で、循環的電子伝達を測定するための様々な手法を試してみた。それらの手法の多くは、後の植物葉緑体での循環的電子伝達研究の際にも応用可能であった。例えば、現在も植物葉緑体でNDH活性の指標とされる、光照射後のクロロフィル蛍光の一過的上昇現象も、これがNDH依存であることは私どものシアノバクテリアの研究が端緒であった。以上紹介したシアノバクテリアの研究は、表題論文を含め1992-1995年にPCPに5報に分けて発表した(Mi et al. 1992a,b, 1994,1995(表題論文), Schreiber et al. 1995)。特に、表題論文はPCP論文賞をいただく等、高く評価していただいた。その後のシアノバクテリアNDH複合体の機能と構造に関する研究はAroのグループらにより大きな進展がみられている(Battchikova et al. 2011)。

 ご存知のようにNDHサブユニット遺伝子は、シアノバクテリアを祖先とする葉緑体ゲノムに残存している。発見当時、その機能がなぞであった葉緑体NDHの機能も、シアノバクテリアの循環的電子伝達系を考えれば、容易に推定可能であり、葉緑体でのNDHに依存した循環的電子伝達については、鹿内先生、横田先生らとの共同研究で実証することができた(Shikanai et al. 1998, Munekage et al.2004)。ただシロイヌナズナやタバコの葉緑体には、鹿内先生らにより発見されたPgr5バイパスがあるため、NDH欠損株でも表現型がはっきりしなかった。一方、C3光合成に比べてATP要求性の高いC4光合成では、NDH経路による循環的電子伝達の寄与が大きいようである(Takabayashi et al. 2005)。最近、私どもの研究室では、形質転換が比較的容易なC4植物、Flaveria bidentisを用いてNDH遺伝子発現抑制株の作成と光合成能力の解析を行っている。予備的結果では、NDH欠損はC4光合成の維持にはきわめて不利に働くようである。 植物葉緑体のNDHの構造に関しては、葉緑体ゲノムに発見された11個の遺伝子がコードするサブユニット以外に、多数のサブユニット遺伝子と複合体安定化に関わるポリペプチドの遺伝子が核にコードされていることが近年になって見出されており(Ifuku et al. 2011)私どもの研究室でも、共発現解析、系統解析等のin silico選抜を手がかりに9個のNDH関連遺伝子の解析を行ってきた。

 循環的電子伝達はArnonらが1960年代に提唱して以来、その分子的実態が長いこと謎であった。浅田先生は、光合成電子電子伝達研究に残されたブラックボックスのひとつとして長いこと興味をもっておられたようであった。先生が始められたP700酸化還元の研究が端緒となって現在の分子レベルでの機能と構造の解明がおおいに進展したことは、忘れてはならない先生の業績のひとつと考える。

2014.07.04 遠藤剛