「私の論文」

No.15
真野純一(山口大学総合科学実験センター)

Water-water cycleの原点(浅田浩二先生追悼)

 故浅田浩二先生が確立されたWater-water cycleは,「葉緑体の活性酸素消去系」として捉えられていますが,この系路が「サイクル(循環的系路)」であることも見逃してはならない重要な本質です。”Water-water cycle”という用語の初出は1998年のMiyakeらの論文[1]ですが,循環的系路の概念はすでに1980年,ここで紹介する論文で提出されていました。本稿では浅田先生への追悼として,この30年以上前の論文を読み直し,Water-water cycle概念の成立と系路確立の過程を繙いてみようと思います。

 この論文の趣旨は,Abstractの最終センテンスに集約されています。「These results indicate that in chloroplasts H2O2 is reduced to H2O by a cyanide and azide-sensitive peroxidase using a photoreductant as an electron donor.」つまり,「光合成電子伝達に伴ってO2から生成するH2O2が,光合成電子伝達で生ずる還元力(光還元力)を電子供与体とするペルオキシダーゼによって H2Oに還元される」というもので,これはWater-water cycleそのものです。

 この研究の背景は,1951年のMehlerによるチラコイド膜でのO2光還元/H2O2生成の発見と,1974年,O2の光還元の第一生成物がスーパーオキシドラジカル(O2・–)であり,それがスーパーオキシドジスムターゼ(SOD)による酵素的不均化でH2O2となるという浅田グループの立証でした。光照射によってH2O2が生成するなら,葉緑体にはH2O2消去機能がなければならないが,葉緑体はカタラーゼをもたない。ではどうやってH2O2が消去されるのか,という問いが提示されます。

 この問に対し,まず電子受容体を加えないで光照射するとチラコイド膜でO2消費量とH2O2生成量が1:2のストイキオメトリーになるのに対し,インタクト葉緑体ではO2消費量に対し30%ほどしかH2O2が蓄積しない,つまりインタクト葉緑体では生成したH2O2が消去されていることが示されます。この消去反応(H2O2が蓄積しないこと)は,cyanide, azideにより阻害されるヘム酵素によるものでした。さらにメチルビオローゲン存在下で光合成電子伝達のすべての電子をO2・–生成に流すと,H2O2が消去されず蓄積することが分かりました。また,インタクト葉緑体に外からH2O2を加え光照射するとH2O2が消去され,DCMUで電子伝達を阻害すると,H2O2の光照射による消去が阻害されるという結果も得られました。このようにすきまない実証の積み重ねの結果として,光合成電子伝達によってO2が還元され,O2を経てH2O2が生成するとともに,H2O2は光合成電子伝達系からの電子供給に依存して消去され,その消去にはヘム酵素が関与することが示されます。さらにこの論文の圧巻データはFig. 7です。ここでは,インタクト葉緑体にCO2存在下で光照射して光合成を行わせておき,そこにH2O2を加えると,① CO2固定が一旦停止し,そのとき,② O2発生が増大してH2O2がなくなっていき,③ H2O2が完全に消去されるとCO2固定が再び始まる,というデータが一枚の図で示されています。酸素電極でO2をモニターしながら経時的にサンプリングし,14CO2での炭酸固定測定と,蛍光法によるH2O2定量をおこなった実験です(実験を担当された中野善行さんは「浅田先生は美しいデータを求めるから何度も実験を繰り返すよう言われて大変だった」とおっしゃっていました。ほんとうに大変な実験だと思います)。この結果は,H2O2は光合成電子伝達によって還元・消去される,したがって光還元力の消費に関してCO2還元とH2O2消去が競合することを明確に示しています。今日のWater-water cycleの基本概念,すなわち「光還元力によって生成した活性酸素を光還元力によって消去する,循環的経路」が,すでに1980年の時点で明確なビジョンとなっていたことがわかります。

 この論文は現在の知識で読むと論理も内容もよく分かりますが,「光還元力を電子供与体とするペルオキシダーゼ」というわかりにくさがありました。これに続く論文がNakano and Asada (1981)「ホウレンソウ葉緑体では過酸化水素はアスコルビン酸に特異的なペルオキシダーゼにより消去される」[2]です。前の論文で明らかでなかった電子供与体がこの論文ではアスコルビン酸(AsA)であることが示され,葉緑体にアスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)が存在すること,このAPX反応で H2O2が還元されたときにAsAが酸化されて生じるデヒドロアスコルビン酸(DHA)が,DHAレダクターゼ反応とグルタチオンレダクターゼ反応を介し,AsAに再還元されることも示されました。活性酸素の光生成と消去を説明できる生化学成分が全部揃い(その後完成したWater-water cycleとは少し違いますが),これで「葉緑体の活性酸素消去系」の全容が明確になりました。この論文はPlant Cell Physiol.誌の掲載論文中で最大の被引用数を誇っていて,それは内容の明解さによるものですが,真に革新的なアイディアは先立つ1980年の論文にあったといえます。

 その後,葉緑体活性酸素消去機構に関しては,APX反応生成物がモノデヒドロアスコルビン酸(MDA)ラジカルであること[3],MDAラジカルを還元型フェレドキシンが直接還元する系路がもっとも速く,葉緑体内での光還元力はそれに最優先で利用されること[4]などの改良がありました。とくに後者は,Nakano and Asada (1980) のFig. 7の実験(上述)で,H2O2還元がCO2還元より優先することを定量的に説明する実証となりました。

 イギリスのC. H. FoyerとB. Halliwellのグループも80年代に葉緑体の活性酸素代謝に取り組み,浅田研とほぼ同時に活性酸素消去系路を提唱・実証していました(葉緑体のこの系路が「Halliwell-Asada pathway」と呼ばれることもあった)。ただ,彼の地のライバルたちは,この系路が循環的であることを重視していなかったように思います。Nakano and Asada (1980) のFig. 3では,電子受容体を与えないインタクト葉緑体では酸素の発生も消費もない,というデータが示されています。これについてはPSIIでのO2発生とPSIでのO2消費がちょうど釣り合っているからだとしており,現象を正確に説明していますが,一見何も起こっていないその背後で実はダイナミックな酸化還元代謝が進行している,というイメージをこのデータから読み取るのは難しい。先生はもっと直接的な証拠を求め,溶存ガス質量分析計を用いて,光照射に伴う18O2消費速度(最終的にH2Oにまで還元される)と,H2Oからの16O2発生速度が全く同じであること,つまり光還元力による活性酸素生成と消去は葉緑体の中では完全に物質収支のない循環的系路であることを立証しました[5]。これは浅田先生ご自身がオーストラリアに短期滞在して行った実験で,念願の成果が非常にきれいなデータとして得られたためでしょう,学会や所内研究会でじつに楽しそうに発表されていたのを思い出します。

 しかし,このみごとな成果の意義も当時は充分には理解されなかったように思います。やはり循環的系路ではフラックスの定量が難しい。浅田先生はこの後,1988年頃に,当時開発されたばかりのPAM Chl蛍光測定装置をいち早く(たぶん日本で初めて)ドイツから購入され,電子伝達の解析に取り組み始めました。この装置の導入には,生化学では示すことのできない「循環的電子伝達のフラックス」を新技法によって解析したいという意識もあったのではないかと推察します。実際,本装置導入後すぐに,シアノバクテリアや緑藻に光存在下でH2O2を与えたときの光合成電子伝達進行の検証をおこなっています[6]。

 Water-water cycleの決め手は,PSIでのO2還元の最大速度に比べて,ストロマでのO2・–消去の最大速度(=能力),H2O2消去能力,MDAラジカル還元能力が100倍以上高いという(生化学的成分の含量と活性からの)計算結果で,これによって,「PSIでO2・–が生成した分だけ,その場ですぐにPSIからの電子によって活性酸素が消去され,物質収支はゼロ」という生理学的にみごとな循環系路が確立されました[1]。葉緑体でのO2光還元による電子伝達は,かつてPSI循環電子伝達経路との区別で「pseudo-cyclic electron transport」と呼ばれていましたが,Water-water cycleという命名によって「偽」ではない本当の循環系路として認識されるようになっています。

 筆者は浅田研究室に大学院生としてまた助手として,のべ11年間在籍し,Water-water cycleの完成のプロセスを間近に見てきました(自分の研究テーマではなかった)。あらためて,20年間も実証を重ねてWater-water cycleという大きな構築を完成させた浅田先生の信念とビジョンの強さに対して感慨を覚えます。今から見ると実証研究が長く停滞していた時期もありましたが,浅田先生は焦りも倦みもせず,大いに研究を楽しんでいました。そこには自分が本質に迫っているという確信と第一人者としての自負があったのではないか。先生は回顧とか回想はなさらない方でしたが,もう一度お会いできるなら,当時の心境を聞かせていただきたいと今は思います。

2014.07.18 真野純一

参考文献

  • 1. Miyake, C., Schreiber, U., Hormann, H., Sano, S. and Asada, K. (1998) The FAD-enzyme monodehydroascorbate radical reductase mediates photoproduction of superoxide radicals in spinach thylakoid membranes. Plant Cell Physiol.39, 821-829..
  • 2. Nakano, Y. and Asada, K. (1981) Hydrogen peroxide is scavenged by ascorbate-specific peroxidase in spinach chloroplasts. Plant Cell Physiol. 22: 867-880..
  • 3. Hossain, M. A., Nakano, Y. and Asada, K. (1984) Monodehydroascorbte reductase in spinach chloroplasts and its participation in regeneration of ascorbate for scavenging hydrogen peroxide. Plant Cell Physiol. 25, 385-395..
  • 4. Miyake, C. and Asada, K. (1994) Ferredoxin-dependent photoreduction of monodehydroascorbate radicals in spinach thylakoids. Plant Cell Physiol. 35, 539-549..
  • 5. Asada, K. and Badger, M.R. (1984) Photoreduction of 18O2 and H218O2 with a concomitant evolution of 16O2 in intact spinach chloroplasts: Evidence for scavenging of hydrogen peroxide by peroxidase. Plant Cell Physiol. 25, 1169-1179..
  • 6. Miyake, C., Michihata, F. and Asada, K. (1991) Scavenging of hydrogen peoxide in prokaryotic and eukaryotic algae: Acquisition of ascorbate peroxidase during the evolution of cyanobacteria. Plant Cell Physiol. 32, 33-43.