スピン一重項電子励起状態(→一重項状態)が2分子間を移動する現象.これを起こす相互作用の量子力学行列要素Jは「励起エネルギー移動」の項目の式(1)でδM=1とおいて得られる.その第2項はデクスター型励起移動のときと同じで両分子が十分離れている通常の場合には小さく,第1項のみで近似でき,式(2)の2倍となる.この式は,スピン一重項励起の移動に際し,供与体分子AではLUMO[lowest unoccupied molecular orbital, φA(r)]に上がっている電子がHOMO[highest occupiedmolecular orbital, ΨA(r)]空孔に降りると同時に,受容体分子Bでは(座標r'の)HOMO電子の一方がLUMOに上がる過程を表す.両分子の位置ベクトルをそれぞれRAとRBとし,この式中のr-r'=(r-RA)-(r'-RB)+RA-RBにおける右辺第1・2項はR≡RA-RBに比べて十分小さいのでこれらに関し展開できる.展開初項はAとBの有効遷移双極子,それぞれμA[=√2q∫φA(r)(r-RA)ΨA(r)dr]とμB間の静電相互作用の形をもつ.すなわち
となり,分子間距離|R|の3乗に反比例する.ここで√2の因子は1分子につきHOMO電子2個が光学遷移に寄与することに起因し,εは周辺媒質の静誘電率である.波動関数の対象性によりAとBの一方または両方が禁制遷移のときには当該のμが0なので,さらに高次の展開が必要で,Jは遷移四重極子・双極子や四重極子・四重極子相互作用の形になり,|R|のそれぞれ4乗と5乗に反比例して減衰する.
デクスター型励起移動の場合と違い,Jは両分子間での波動関数の重なりを必要としないので,「励起エネルギー移動」の項目でJが十分小さくそれが遷移により起こる場合のみならず,Jが十分大きく励起子により起こる場合も生ずる.前者のとき,分子AからBへの遷移確率kBAは同項目式(4)である.ρB(E)はBの光吸収スペクトルXB(E)に,またアインシュタインの関係より
はAの蛍光スペクトルLA(E)になり,ともに積分が1に規格化されている.したがって,フェルスター公式
となる.(→遷移双極子,フランク-コンドン因子,許容遷移)