葉緑体ゲノム[chloroplast genome]

  葉緑体に含まれているゲノム.色素体ゲノム. 1909年に斑入り形質の非メンデル遺伝の発見によって遺伝因子は細胞質にもあると考えられるようになった. 1963年にはクラミドモナスで葉緑体に特有のDNAが存在することが示された.その後,葉緑体には環状二本鎖DNA分子の葉緑体ゲノムが存在することが明らかとなった.組換えDNA技術の進歩に伴い葉緑体遺伝子のクローン化と構造決定が進められ,1977年に葉緑体遺伝子が初めてクローン化された.1986年にはタバコ(155,939 bp)およびゼニゴケ(121,024 bp)において葉緑体ゲノムの全塩基配列が決定され,葉緑体ゲノム全体の構造や遺伝子構成が明らかになった.その後,各種の植物で葉緑体ゲノムの全構造決定が行われ,現在(2003年)までに陸上植物17種,藻類では灰色藻1種,紅藻3種,クリプト藻1種,褐藻1種,緑藻類7種で,原生動物ではアピコンプレックス門の2種において色素体ゲノムの全塩基配列が決定されている.多くの葉緑体ゲノムは120~160 kbp の環状二本鎖DNAである.しかし,光合成能をもたない寄生植物や白色のミドリムシ(Astasia)では約70 kbp と通常の葉緑体ゲノムの半分近くにまでゲノムサイズが小さくなっている.一方,藻類の中には紅藻のチシマクロタバコ葉緑体DNA155,939 bpノリや緑藻類のNephroselmisのように200 kbp 近いサイズのものや,それ以上の大きさのものも報告されている.
 葉緑体ゲノムの構造上の特徴として逆位反復配列がある.ほとんどの植物の葉緑体ゲノムにはリボソームRNA遺伝子を含んだ長い逆位反復配列が一対存在している.逆位反復配列の長さは5~76 kbpと植物によって異なるが,多くの高等植物では20~25 kbp 程度である.一対の逆位反復配列は完全に同一の配列なので,逆位反復配列内の遺伝子は2コピー存在している.葉緑体ゲノム上の遺伝子配置は陸上植物間ではよく保存されており,ゲノム上の数個所で逆位が生じて遺伝子の並び方が変化している程度の違いしかみられない.これに対して,藻類と陸上植物あるいは藻類の間では葉緑体ゲノム上の遺伝子配置は大きく異なっている.葉緑体ゲノム上の遺伝子は陸上植物では約110~120種類で,タバコでは114種類の遺伝子が存在する.そのうちRNA遺伝子は,リボソームRNA遺伝子4種類, tRNA遺伝子30種類,低分子RNA遺伝子1種類の計35種類,タンパク質遺伝子は,光合成関連遺伝子47種類,遺伝情報系遺伝子26種類,その他の遺伝子6種類の計79種類である.これに対して,非緑色藻類では葉緑体遺伝子数はさらに多く,紅藻のチシマクロノリでは,リボソームRNA遺伝子3種類,tRNA遺伝子35種類, RNA遺伝子1種類,光合成関連遺伝子53種類,遺伝情報系遺伝子60種類,その他の遺伝子およびORFが89種類の計241種類の葉緑体遺伝子が存在している.藻類から陸上植物へと進化していく過程で100種類以上の遺伝子が核ゲノムヘ転移するなどして葉緑体ゲノム上から失われていったと考えられている.葉緑体ゲノム上には光合成や遺伝情報発現に重要な遺伝子が存在しているが,葉緑体遺伝子だけでは葉緑体が機能するためには十分ではなく,多くの核コード遺伝子産物が葉緑体に輸送されてきている.シロイヌナズナでは約3,500種のタンパク質が葉緑体へ輸送されると予想されている.

chloroplast genome.png

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:42:58