硝酸イオンの輸送[nitrate transport]

 硝酸同化の最初の段階は外界から細胞内部への硝酸イオンの輸送である.硝酸イオンの自然界における濃度は一般に低く,また陰イオンであるため膜電位に抗して細胞内に運び込む必要があるので,植物や藻類など同化的硝酸還元を営む生物はすべて硝酸イオンの能動輸送体(NRT)をもつ. NRTにはABC型NRT, NRT1, NRT2の3種類があり, ABC型NRTと一部のNRT2は亜硝酸イオンも輸送する.ABC型NRTは基質結合タンパク質,膜貫通タンパク質,およびATP結合タンパク質から構成されるABC輸送体で,淡水性シアノバクテリア(藍藻)と細菌に存在する.このNRTはATPを直接のエネルギー源として利用する一次能動輸送体で,基質に対してきわめて高い親和性をもつ(Km~1 μM).これに対し, NRT1とNRT2はともに12の膜貫通ドメインをもつ疎水的なタンパク質でMFS (major facilitator superfamily)に属し,プロトンの電気化学的勾配を利用して2H+/NO3-のシンポートを行う. NRT1は高等植物からのみ報告されている輸送体で、ペプチド輸送体PTRとともにNRT1/PTRファミリーを構成するが、このファミリーの名称は最近NPFに改められ、個別のNRT1の名称も新名称に置き換えられつつある。NRT2という用語は一般には高等植物と藻類のものに対して使われるが,そのホモログは糸状菌,シアノバクテリア,細菌など,原核・真核生物,光合成・非光合成生物を問わず生物界に広く分布していて生物群ごとに異なった名称で呼ばれている.これらは細菌の硝酸イオン・亜硝酸イオン交換輸送体であるNarKとともにNNP (Nitrate-nitrite porter)ファミリーと呼ばれるグループを構成している.藻類と植物のNRT2のほとんどはNar2と呼ばれるタンパク質との複合体として機能する.海産性および好塩性のシアノバクテリアのNRTは例外なくNRT2(NrtPと呼ばれる)であるが、NrtPは淡水性シアノバクテリアにも分布しており,淡水性シアノバクテリアにはABC型NRTかNrtPのいずれかを有するものばかりでなく,両方を有するものもある.  微生物の硝酸イオン輸送体は一般に基質に対して高い親和性を示すが,高等植物の場合には生理学的研究によって高濃度(0.5 mM以上)の硝酸イオンを輸送する低親和性NRT (low affinity transport systems=LATS)と低い濃度(0.5 mM以下)の硝酸イオンを輸送する高親和性NRT (high affinity transport systems=HATS, Km=10~100μM)が区別されてきた.それらの分子的実体として,一般的にNRT1がLATS, NRT2がHATSに対応すると考えられているが, NRT1の中にはAtNRT1.1のようにリン酸化されるとHATS活性を発揮する例もある.シロイヌナズナは53個のNPFファミリー輸送体を持つが,このうち約10個がNRT1とされており, 7つのNRT2と合わせて合計で20近くものNRTが存在する.これらのうち,根における硝酸イオンの吸収に関わっているのはNRT2.1,NRT2.2,NRT2.4,NRT2.5,NRT1.1,NRT1.2である.他のNRTは器官間,組織間あるいは細胞内のコンパートメント間の硝酸イオン輸送に関わっていると考えられており, NRT1.5のように木部への硝酸イオンの積み込みに関わるものや,NRT2.7のように胚の液胞膜に存在して液胞内への硝酸イオンの蓄積に関与するものが知られている.葉の液胞膜で機能する硝酸イオン輸送体としては, Cl-チャネルファミリーに属するCLCa,CLCbがあり,H+との交換輸送で硝酸イオンを液胞内へ輸送している.またNRT1.5と同様に細胞から硝酸イオンを排出する機能をもつ輸送体として,根から外界への硝酸イオンの排出に関与するNAXT1と気孔孔辺細胞に存在する陰イオンチャネルSLAH3が知られている.  近年,シロイヌナズナのNRT1.1が輸送機能とは別に硝酸イオンのセンサーとしての機能を有し、さらにオーキシン(IAA)の輸送にも関わる多機能なタンパク質であることが報告された.NRT1.2についてもアブシジン酸の輸送能が報告されており,NRT1と環境応答、情報伝達との関連が注目されている.


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Last-modified: 2020-11-09 (月) 12:20:48