C4ジカルボン酸経路ともいう.コーチャックらはサトウキビの14CO2光合成初期産物は主にリンゴ酸(とアスパラギン酸などC4ジカルボン酸)で,その後 14Cは3-ホスホグリセリン酸,糖リン酸を経てショ糖やデンプンに入ることを発見した(1954, 1965).ロシア,カザン大学のKarpilovらも同時期にトウモロコシの14CO2固定初期産物としてリンゴ酸を同定したが,彼らはカルビンらの研究方法が誤りと批判したのみで,新経路と気づかなかった(1962).ハッチとスラック(1966)はサトウキビの追試と詳細な解析を行い,新光合成炭素同化経路としてC4ジカルボン酸回路(C4回路)を提唱し,酵素学的研究により生化学的に実証した.また,彼らは多くの植物がC4光合成経路をもつことを示した.
1.C4回路の特徴
C4植物はいわゆるクランツ型葉構造を示すものが多く,葉緑体に富む2種類の細胞(葉肉細胞(MC)と維管束鞘細胞(BSC))がCO2固定と同化を分業し,中間産物が両細胞間を往来して協働する.C4回路は,MCがBSCにCO2を供給しBSCが炭素同化を行う複合回路である(図).
1) MCにおけるCO2前固定:気孔から入ったCO2はMC細胞質でカーボニックアンヒドラーゼによりHCO3-と平衡化し,これをホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEPC)が固定してオキサロ酢酸(OAA)になる.OAAは,リンゴ酸との交換輸送で葉緑体に入り, NADP-リンゴ酸デヒドロゲナーゼ(NADP-MDH)により還元されてリンゴ酸となるか,細胞質に局在するアミノトランスフェラーゼによりアスパラギン酸になる.MC細胞質でこれらのC4ジカルボン酸が増加すると,おそらく原形質連絡を通ってBSCに拡散輸送される.
2) BSCにおける脱炭酸とCO2再固定:脱炭酸酵素(C4植物サブタイプで異なる)によりC4ジカルボン酸からCO2は放出され, RuBPカルボキシラーゼが再固定し,C3回路により還元・同化される.MCからのC4ジカルボン酸供給と脱炭酸反応が活発なため, BSC内CO2濃度が高くなりC3回路に伴う光呼吸は起こらない.
3) BSCからMCへのC3化合物の移動とCO2受容体(PEP)の再生:脱炭酸反応で生じたC3化合物のピルビン酸またはPEPはそのまま(あるいはアミノトランスフェラーゼによりアラニンとなって)MCに拡散輸送され(アラニンはピルビン酸に戻)る.ピルビン酸はMC葉緑体内に光依存的に能動輸送され,ピルビン酸・リン酸ジキナーゼ(PPDK)の反応によってPEPとピロリン酸が生成する.ピロリン酸はピロホスファターゼにより分解されるので反応が進む. PEPはMC葉緑体のリン酸トランスロケーターにより細胞質に交換輸送される.
4)PPDKの反応で2ATP等量が消費されるため,C4光合成のエネルギー効率はC3植物よりも低くなる(生葉CO2同化の量子収率:C3植物は5.25%, C4植物は平均5.9%である).
2.光照射によるC4回路酵素活性の調節
C4植物のPEPCは,明期には特異的なプロテインキナーゼによるタンパク質のセリン残基へのリン酸化修飾を受け,光活性化型になる.また, PPDKは調節タンパク質(PDRP)により酵素のトレオニン基がADPでリン酸化されると不活性型になり,脱リン酸化されて活性型に戻る.PDRPの活性に影響を与えうるMC葉緑体内のATP/ADP比もPPDKの活性調節に関与する.さらに, NADP-MDHは,MC葉緑体内のNADPH/NADP+比が高いときチオレドキシン系によって光活性化される.脱炭酸酵素の一つNADP-リンゴ酸酵素はおそらく光照射中BSC葉緑体内のpHとMg2+濃度の上昇に応じて活性化されると思われる.
3. C4光合成の役割
現在の大気組成では一般にC4植物の光合成能が高い.これは,MCがBSCへのCO2濃縮系として働き, BSC内CO2濃度はC3植物MCの100倍にも達し,光呼吸は完全に抑制されるためである.しかし,C4植物の気孔開度は狭く,低CO2条件下で光合成が飽和することから,本来このCO2濃縮機構は乾燥適応のしくみとして進化した可能性も考えられる.