呼吸[respiration]

 a.細胞や組織が酸素を取り入れ,二酸化炭素を放出する現象.細胞呼吸,組織呼吸ともいう.

 b.細胞呼吸の背景にある異化的代謝.炭水化物や脂質などの有機基質を酸化してエネルギーを生成する.酸素分子によって完全酸化する好気呼吸と酸素分子の消費を伴わない嫌気呼吸(発酵)に分けられる.有機基質は,(1) 必ずしも酸素の関与しない経路によって簡単な有機化合物に分解される.この段階で若干のATPが生成する.(2) 分解された有機化合物は脱水素反応によって酸化され,(3) 脱カルボキシル反応によって二酸化炭素を生じる.(4) 脱水素反応で奪われた水素と電子はNADFADなどの補酵素を経て電子伝達系に渡され,酸素分子を還元して水を生じる.(5) 電子伝達に伴いエネルギーはプロトンの電気化学ポテンシャルの膜内外における差として貯えられ,プロトン-ATPaseの働きによってATPが生成する.炭水化物は解糖系もしくは酸化的ペントースリン酸回路によってピルビン酸やリンゴ酸になり,さらに脱水素酵素によりアセチルCoAに変換されTCA回路に入り酸化されてCO2となる.脂肪酸はβ酸化によってアセチルCoAとなりTCA回路に入る.アミノ酸は主にアミノ基転移反応によりTCA回路の中間代謝産物になる.呼吸代謝は真核生物ではミトコンドリアを中心として行われる(下図).
 植物では,1 mol のグルコースが好気呼吸によって酸化されるとき,以下の計算により最大30 molのATPがつくられる.(1) 細胞質では2 mol のATPとNADHがつくられ,ミトコンドリアマトリックスでは2 mol のATP, 2 mol のFADH2, 8 mol のNADHがつくられる.(2) 1 mol のNADHとFADH2の酸化によりそれぞれ10 mol と6 mol のプロトンがミトコンドリア膜間領域に移動する.(3) プロトン-ATPaseは3 mol のプロトンを利用して1 mol のATPを生成する.(4) 細胞質NADHは膜間領域に面したNADHデヒドロゲナーゼによって酸化されるため,1 mol のNADHの酸化により6 mol のプロトンが膜間領域に移動する.(5) 細胞質にATPを輸送する際にプロトンを1 mol 消費する.一方,嫌気呼吸では2 mol のATPしか得られない.植物細胞の呼吸代謝経路には細菌や動物細胞にはみられない特徴的な反応がある.解糖系には,フルクトース6-リン酸をフルクトース1,6-ビスリン酸に変換するピロリン酸:フルクトース6-リン酸1-ホスホトランスフェラーゼ,グリセルアルデヒド3-リン酸を3-ホスホグリセリン酸に変換するNADP依存性グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ,電子伝達系にはシアン耐性呼吸経路であるAOX,ロテノン耐性NADHデヒドロゲナーゼ(2型NDH)が存在する.これら副次的反応の多くはATP合成と共役しないので,これらが使われると得られるATP量は減少する.また酸化的ペントースリン酸回路やTCA回路の中間代謝産物はアミノ酸や二次代謝物質などの細胞構成物質合成の出発点になっている.呼吸速度は,(1) 炭水化物などの呼吸基質の濃度,(2) 呼吸産物であるATPの需要,(3) 呼吸酵素量に依存している.齢の若い組織では(3)が律速する場合があるが,通常は(1)もしくは(2)が呼吸速度を律速している.

 c.物質生産における負の物質生産過程(消費).短期的には総一次生産から呼吸を引いたものが純一次生産になる.呼吸は総一次生産の25~85%を占める.呼吸エネルギーが植物体の構成や維持に使われるため,単純に呼吸の低下と生産性の増加が結びつくわけではない.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:44:20