強光下で過剰な光エネルギーを放出する機構.光化学系Ⅱに結合するキサントフィルであるビオラキサンチンは,強光下で可逆的に脱エポキシ化され,モノエポキシドのアンテラキサンチンを経てゼアキサンチンに変換される.この反応は,チラコイドルーメンの酸性化により活性化されるビオラキサンチンデエポキシダーゼ(VDE)により触媒される.一方,暗所あるいは弱光下では,ゼアキサンチンはゼアキサンチンエポキシダーゼ(ZEP)により2段階にエポキシ化され,ビオラキサンチンに再転換される.このサイクルをキサントフィルサイクルと呼ぶ.したがって,チラコイドルーメンのpHに依存して,弱光下ではビオラキサンチンが,強光下ではアンテラキサンチンおよびゼアキサンチンが蓄積する.アンテラキサンチンおよびゼアキサンチンの蓄積量は,光化学系ⅡのΔpHによる効率低下制御の量と強い相関があり,キサントフィルサイクルが,光化学系Ⅱからの過剰なエネルギーを熱として消失する重要な機能を果たすと考えられている.このことは,ビオラキサンチンデエポキシダーゼ遺伝子に異常をもつクラミドモナス,シロイヌナズナ変異株が,光化学系ⅡのΔpHによる効率低下制御の誘導能に大きな欠陥をもつことからも確認されている.すなわち,光強度に依存したキサントフィルの転換は,強光下で過剰光エネルギーの受容を回避し,弱光下で量子収率を下げないために重要である.ビオラキサンチンデエポキシダーゼを欠く変異株は,瞬間的な光強度の増加に対し感受性である.またキサントフィルサイクルは,チラコイド膜脂質の過酸化に対しても防御機能をもつ.キサントフィルサイクルの光化学系ⅡのΔpHによる効率低下制御に対する貢献の大きさは生物種により異なり,クラミドモナスではルテインも重要な機能を果たす.
エネルギーレベルから見ると,ビオラキサンチン→アンテラキサンチン→ゼアキサンチンとなるにしたがって共役が長くなり,電子遷移エネルギーが低くなる.この電子遷移エネルギーの変化によりクロロフィルとのエネルギー移動の方向性や効率が変化すると考えられる.さらに,ビオラキサンチン→アンテラキサンチン→ゼアキサンチンの順に青色吸収帯の励起状態寿命が短くなり,この順にアンテナとしての効率が悪くなっていると考えられる.
褐藻類や珪藻類など不等毛植物ではジアジノキサンチン/ジアトキサンチンがビオラキサンチン/ゼアキサンチンと同様なキサントフィルサイクル(エポキシ化/脱エポキシ化)を形成している.ただし関与する酵素はまだ同定されていない.両者を区別するために,前者をジアジノキサンチンサイクル,後者をビオラキサンチンサイクルと称することもある.