ABC輸送体[ABC transporter]

  物質の膜輸送に関わる輸送体(トランスポーター)のうち,“ATP-binding cassette" と呼ばれるATP結合配列を有する一群の輸送体. ABCの呼称はATP結合配列の英名の頭文字に由来する.古細菌,原核生物から植物,動物を含む真核生物に至るまで生物界全般に分布する.多様な基質に対するきわめて多種類の輸送体があってABCスーパーファミリーと呼ばれる輸送体の大集団を形成しており,基質の細胞内への取り込み,外部への排出,細胞内のコンパートメント間の輸送などに関わっている.
 ABC輸送体の基本構造は,数個の膜貫通領域をもつ疎水性ドメイン2つとファミリー内での相同性が高いATP結合ドメイン2つから構成されている.原核生物には無機イオン,金属イオン,糖,アミノ酸などを細胞内へ輸送する基質親和性の高いABC輸送体が数多く存在しているが,これらの場合,上記の4つのドメインに加えてペリプラズムに存在する基質結合タンパク質が必須である.また,これらの輸送体では4つのドメインが独立した4つのタンパク質分子であることが多い.一方,毒性物質の細胞外への排出を行うABC輸送体では,ATP結合ドメインと疎水性ドメイン各1つが融合したポリペプチドがホモ二量体をつくって輸送体を構成している.真核生物の場合には,4つのドメインすべてが1つのポリペプチドに融合しているものが多く,これと上記の2つのドメインが融合したものの2種でABC輸送体の大半を占めているので,前者をfull-size ABC transporter, 後者をhalf-size ABC transporterと呼び習わしている.
 ABC輸送体はATPを直接のエネルギー源として利用する一次能動輸送体であるが,動物のCFTR(cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)のように塩素イオンチャネルとして機能しているものもある.シロイヌナズナは約100個のABC輸送体遺伝子をもっており,細胞膜だけでなく,液胞,グリオキシソーム,ミトコンドリア,葉緑体の膜にABC輸送体の存在が報告されている.それらの機能として,有害物質の排出,有害物質のグルタチオン包合体やクロロフィルの分解物などの液胞内への輸送,グリオキシソームヘの脂肪酸の輸送,ミトコンドリアでの鉄硫黄クラスターの形成への関与,クロロフィル生合成中間体の葉緑体への輸送,などが明らかにされつつあり, ABC輸送体の植物における重要性に対する認識が近年,急速に深まりつつある.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:45:36