草原や森林などの陸上の生態系に対し,水塊とその周辺に成り立つ生態系は水界(hydrosphere, watersまたはwaterbody)の生態系と呼ばれる.水界には様々な生態系が含まれる.水界の生態系を水中の塩分濃度に従って海水,淡水,汽水に分けて考えると,海水の生態系として内湾,沿岸や外洋などの海洋(seaまたはocean)の生態系,淡水の生態系として湖沼や河川など陸水(inland water)の生態系の多く,汽水の生態系として海洋と陸水の中間に位置する汽水湖や河口域などの生態系をあげることができる.これらの生態系は異なった特性をもち,そこではそれぞれ特徴的な光合成や光合成による一次生産が行われている(→海洋の一次生産,湖沼の一次生産).同時に,水界の各生態系は基質である水の性質により,共通した特性ももっている.この共通した特性は水界の生態系で行われる光合成や一次生産に,陸上の生態系とは異なるいくつかの特徴を与えている.
陸上の生態系では水の不足がしばしば光合成を制限するが,水界の生態系で水が不足することは稀である.また,水の浮力により,水界で光合成を行う一次生産者は光合成器官を展開するための堅固な支持組織を必要としない.大型の水草や海草,海藻でも支持組織の発達は顕著ではなく,水界の主要な一次生産者である緑藻,珪藻,渦鞭毛藻
,シアノバクテリアなどの微細藻類の多くは支持組織をもたず水中に浮遊している(→植物プランクトン).さらに,水は水中に入射した太陽光を著しく吸収するため,水中の光強度は水深とともに急激に低下する.きわめて透明度の高い外洋でも,水深130~150 mになると水面に到達した太陽光の1%程度にまで光強度が低下することが知られている.この光強度の低下により一定の水深を越えると光合成による一次生産を維持できなくなる(→補償深度,真光層,亜表層クロロフィル極大).また,水の吸光係数は波長によって異なり青色以下で小さいため,水中を透過した光は水深とともに青色光を中心とする波長組成を示すようになる.水界で光合成を行う一次生産者の多くは,特有の波長組成をもった水中の光環境に対応して,クロロフィルb・c・d,カロテノイド,キサントフィル,フィコビリン類などの多様な集光性色素をもつことで,水中での光合成の効率を高めていると考えられている(→補色適応).加えて,水は高い比熱をもち,水界での急な温度変化を生じにくくしている.太陽光が水に吸収されて生ずる水面近くの温度変化でも,日射量の一日の変化よりも季節変化に対応した長い時間スケールの変化が卓越することが多い.温度変化は水の密度も変化させる.一定の深さ以上の水深をもつ生態系では,暖められ密度の低下した水面近くの層とそれ以深の層に密度の差が生じやすい(→水温成層).低密度の水の層が高密度の水の層に載った安定な層状の構造は,水自体の鉛直方向の移動を制限するばかりでなく,光合成・一次生産に必要な栄養塩類の供給も制限してしまう.水温の季節変化や水の移動などにより層状の構造が崩れ,栄養塩類の供給が開始されると,水界の生態系では活発な光合成・一次生産が行われる.(→湧昇,ブルーム).