D1タンパク質の代謝回転[D1 protein turnover]

 D1タンパク質チラコイド膜のタンパク質成分のなかで最も速い代謝回転を示し,たとえ弱光下であっても,光照射の下では常に分解と合成が繰り返されている.水生植物ウキクサ(Spirodela)では,D1タンパク質の寿命(半減期)は微弱光下で数時間,光化学系Ⅱの光阻害が起こる強光照射条件下では数十分程度と報告されている.D1タンパク質の分解速度は照射光の強度に伴って増大する. D1タンパク質の合成速度も光強度に伴って増大するが,強光照射下では逆に低下する.このため,弱光照射下ではD1タンパク質の含量は一定に保たれるが,強光照射下ではD1タンパク質の含量が低下する.
 生育至適条件下では強光照射によるD1タンパク質含量の低下は遅く,クロラムフェニコール,リンコマイシンなど,原核生物型のタンパク質合成を阻害する薬剤でD1タンパク質の生合成を抑制しない限り,観察は難しい.一方,低温,高塩などの環境ストレス条件下では,分解速度に比べて合成速度が相対的に低下するため,D1タンパク質含量の低下が観察しやすくなる.
 D1タンパク質の代謝回転が速いことは1980年代前半にはすでに知られていた.その後,D1タンパク質が光化学系Ⅱ反応中心を構成するタンパク質の1つであることがわかり,その代謝回転は光阻害を受けやすい光化学系Ⅱ機能を保つための仕組みと考えられるようになった.光化学系II修復サイクルでは、光による損傷を受けたD1タンパク質のみが分解/新規合成により交換され、他の光化学系II複合体構成タンパク質を再利用される。これにより効率良く光化学系II機能が維持される。D1タンパク質の生合成は生育光環境によって厳密に制御されており,タンパク質のレベルを最適化することによって,光化学系Ⅱのレベルが調節されるものと考えられている .
 反応中心タンパク質の選択的な代謝回転は光化学系Ⅱに特異的な現象であり,酸素を発生しない光化学系の反応中心(光化学系Ⅰ反応中心および光合成細菌の反応中心)では起こらない.これは,他の光化学系と比べて光化学系Ⅱが非常に強い酸化力を生成するためと説明されている.強い酸化力は電子供与体である水を酸化して酸素分子を生成するために必須であるが,電子伝達反応が滞ると容易に反応性の高いラジカルや活性酸素種を生成する.つまり,光失活を受けやすいという光化学系Ⅱの性質は,水を酸化する能力と引き換えの避けられない現象であり,損傷をD1タンパク質に限定することによって光化学系Ⅱの再構築に必要なエネルギーを最小限に抑えていると考えることができる.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:46:25