ユビキノール(還元型ユビキノン)を酸化して水溶性のシトクロムcなどを還元する膜タンパク質複合体.ユビキノールからシトクロムcに至る電子伝達反応を,膜を横切るプロトン輸送反応と共役させることにより,酸化還元反応の自由エネルギーを[[プロトン勾配>プロトン勾配(H+勾配) ]]による電気化学的エネルギーに変換する.ミトコンドリアでは複合体Ⅲと呼ばれるが,光合成生物では紅色細菌などにみられる.葉緑体やシアノバクテリアのシトクロムb6f複合体に相当する.
シトクロムbc1複合体は,シトクロムb,リスケ鉄硫黄クラスター,およびシトクロムc1の3つの基本サブユニットタンパク質から成る.2つのヘムbをもつシトクロムbサブユニットは,膜貫通ヘリックスを8本もつタンパク質で,酸化還元電位の低いヘムb(bL)を膜の外側(ペリプラズム側)に,電位の高いもう1つのヘムb(bH)を内側(細胞質側)に結合している.2つのヘムb近傍には,それぞれQo,Qiと呼ばれるユビキノール/ユビキノンの結合部位がある.リスケタンパク質には,[2Fe-2S]型の鉄硫黄クラスターが結合しており,末端にある1本の膜貫通ヘリックスにより膜にアンカーされている.c型ヘムを1つ結合するシトクロムc1もリスケ鉄硫黄クラスターと同様に1本の膜貫通ヘリックスにより膜にアンカーされた状態で存在している.
反応サイクル中に,ユビキノールはヘムbL近傍のQo部位に結合し,2つの電子を複合体に供与するとともに,2つのプロトンを膜間腔に放出する.2つの電子のうち1つはヘムbLへ運ばれ,1つはリスケ鉄硫黄クラスターへと区別して運ばれる.後者の電子はさらにシトクロムc1へと送られ,水溶性シトクロムcの還元などに使われる.一方,ヘムbLへ送られた電子は高電位のヘムbHを経由して,近傍のQi部位でユビキノンの還元に使われる.この複合体における一連の電子伝達機構はQサイクルモデルと呼ばれており,ユビキノールによる2電子還元から始まる電子伝達によって,4個のプロトン輸送を可能にしている.X線結晶構造解析により,ヘムと鉄硫黄クラスターを含む3つの基本サブユニットが,それぞれ2個ずつ結合したホモ二量体構造をとっていることが明らかになっている.また,リスケ鉄硫黄タンパク質の鉄硫黄クラスター領域が可動式で,ヘムbLおよびc1との電子伝達の際には,それぞれと物理的に接近することで巧妙な電子伝達を達成していることが示されている.