ベンケイソウ,サボテンなど多肉植物の酸代謝(CAM)は古くから知られていた("アロエの味は夜に酸っぱく,昼は甘くなる", Grew 1682).de Saussure (1804)はこの酸蓄積にCO2が必要と述べているが,20世紀中頃までCAM植物は生物時計による日周変化の典型として興味がもたれた(Bunning 1958).しかし,C4光合成植物の発見により,CAM植物はそれに似た光合成炭素代謝経路をもつ乾燥適応型として注目されるようになった.気孔は高温の昼間に閉じて水分の蒸散を防ぎ,夕方から夜間に開くので,CAM植物の生育と光合成に対する水利用効率は良いが,厳しい自然環境のため乾物生産量は低いものが多い.
1. CAM日周変化は4期に分けられる(図1).
Ⅰ期)夜間に気孔を開き,空気中からCO2を細胞質ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(PEP-C)により固定し,主にリンゴ酸を液胞に蓄える.ホスホエノールピルビン酸(PEP)と還元力NADHはデンプンの分解と解糖系により供給される.リンゴ酸は液胞膜のエネルギー依存(ATP,ピロリン酸)プロトン(H+)ポンプにより能動輸送されて液胞内のpHは4以下になり,有機酸の蓄積量は生重量の2〜3%に達する.
Ⅱ期)暗→明への移行後,はじめ気孔は開いているが,リンゴ酸の脱炭酸反応が活発化して気孔が閉じる.この時期のCO2固定はPEP-CとC3回路のRuBPカルボキシラーゼ(Rubisco)が同時に働くので,特異な炭素代謝を示す.液胞からのリンゴ酸放出はpH低下で増加する非解離型リンゴ酸の受動的拡散により起こる.
Ⅲ期)気孔が閉じたときの光合成で,CO2は液胞内有機酸の脱炭酸と呼吸でまかなう.ただし,脱炭酸で生じた残りのC3化合物(ピルビン酸やPEP)はC3回路を経てデンプンに回収されるので呼吸基質になることは少ない.また,脱炭酸反応により体内細胞間隙のCO2濃度は2.5%にも達するため,光呼吸は抑制されている.
Ⅳ期)午後,リンゴ酸が消費し尽くされて気孔は開き,空気中のCO2をC3回路により光合成するので光呼吸もみられる.光合成産物はデンプンよりもショ糖合成が盛んで,生育に寄与する.
2. CAM植物における昼夜の炭素同化経路(図2)
3. CAMの調節
1)環境要因:乾燥,水分の欠乏や塩分の過多,すなわち土壌の水ポテンシャル(Ψ)の低下によりCAMが誘発されるC3植物がある(通性CAM植物).しかし,十分に灌水してもCAMを維持する偏性CAM植物もあり,逆にCAMをしない塩生植物も多い.したがって,Ψ値低下が必ずしもCAM発現の基本要因ではない.昼間が強光で高温,冷涼な夜温によりCAMは増幅される.また,光周期は短日条件で典型的なCAMになる.
2)日周期:CAM植物では様々な酵素の活性が日周変化をする. PEP-CはⅠ期に高く,脱炭酸酵素はⅡ〜Ⅲ期に高くなる.C4植物PEP-Cとは異なり,CAM植物PEP-Cの暗型はPEPとの親和性が高く,リンゴ酸阻害を受けない.明型はその逆である.明型→暗型への変換はPEP-Cタンパク質セリン基のリン酸化で,特定のプロテインキナーゼによる.このキナーゼ活性も日周変化するが,その制御は遺伝子発現レベルで行われている.このキナーゼ遺伝子の発現は生物時計の支配下にあると同時に,リンゴ酸などの代謝産物によっても調節されているであろうと考えられている.脱炭酸酵素は低温で不活性化するが,活性化の要因は明らかでない.また,脱炭酸反応による組織内CO2濃度の上昇が気孔閉鎖に関与する.