原核光合成生物間の系統関係[phylogenetic rela-tionships among photosynthetic prokaryotes]

  光合成色素としてバクテリオクロロフィルaクロロフィルaなどのクロロフィル類を光合成に用いる原核生物は,すべて細菌ドメインに属する. Woeseによる16S rRNAの分子系統樹では,細菌ドメインとアーキア(古細菌)ドメインが分岐後,最初の原核光合成生物として繊維状非酸素発生型光合成細菌(緑色糸状性細菌)が分岐する.次いで,緑色硫黄細菌酸素発生型光合成を行うシアノバクテリア,グラム陽性菌に属するヘリオバクテリア紅色細菌が分岐する.しかし, 16S rRNA 以外の遺伝子を分子指標にして系統樹を作成すると, 16S rRNA とは異なる系統関係を示す例が少なくない.光合成に関連した遺伝子の中にも, 16S rRNA に基づく分子系統とは異なる系統関係を示す例があり,たとえば,すべての光合成生物が共通してもつクロロフィル類の合成に必要な酵素の構造遺伝子の分子系統樹では,最初に紅色細菌が分岐し,次いで繊維状非酸素発生型光合成細菌と緑色硫黄細菌が姉妹群として分岐し,さらにヘリオバクテリア,シアノバクテリアが順に分岐する.この系統関係は,クロロフィル類として,最初にバクテリオクロロフィルa(またはb)合成系(紅色細菌)が成立し,これにバクテリオクロロフィルc(またはe, d)合成系(緑色糸状性細菌と緑色硫黄細菌)が付加し,さらに,バクテリオクロロフィルg合成系(ヘリオバクテリア),最後に酸素発生型光合成生物に特徴的なクロロフィルa合成系(シアノバクテリア)が成立したことを反映しているとの説もある.
 ゲノム解析の進展に伴い,原核,真核を問わずすべての生物のゲノム自体に多かれ少なかれキメラ性が認められている.このことから,生物進化の初期段階では遺伝子の水平伝播が高頻度に起こり,生物の系統関係は系統樹ではなく,系統網としてとらえるべきであるとの考え方も提唱されている.この考え方に立つと,現存する原核光合成生物は,色素合成系,反応中心,電子伝達系,二酸化炭素固定系など光合成に関連した遺伝子を,それぞれ別々の祖先から引き継いで現在に至っているということになる.
 酸素発生型の光合成はバクテリオクロロフィルaよりも波長の短い光を吸収するクロロフィルaを用いて. QAQB(キノン)型反応中心である光化学系ⅡFeS型反応中心である光化学系Ⅰを組み合わせて,水を分解する酸化力とNADPHを生産する還元力を得ている.一方,シアノバクテリア以外の光合成原核生物は反応中心としてQAQB型(紅色細菌,繊維状非酸素発生型光合成細菌およびジェマティモナス)またはFeS型(緑色硫黄細菌,ヘリオバクテリアおよびクロラシドバクテリウム)のどちらか一方のみをもち,非酸素発生型の光合成を行う.特にヘリオバクテリアは次のようなシアノバクテリアとの関連性が指摘されている. (1)ヘリオバクテリアの光合成色素であるバクテリオクロロフィルgはA環にビニル基をもつ点でクロロフィルaと共通し,酸素存在下で光照射されると異性化されてクロロフィルaに変換される. (2)クロロフィル類の合成酵素の分子系統解析はヘリオバクテリアとシアノバクテリアの近縁性を示す. (3)ヘリオバクテリアの反応中心はFeS型で,そのコアサブユニットPshAはアンテナ色素としてバクテリオクロロフィルgを多数結合した10個の膜貫通領域をもつ.このうちアミノ末端側から6番目までの膜貫通領域のアミノ酸配列は,光化学系Ⅱのコア複合体ペプチドで,アンテナであるCP47(psbB)とCP43(psbC)と高い相同性がある.これらの知見を総合して,非酸素発生型光合成生物であったシアノバクテリアの祖先が,他の生物から必要な遺伝子を集め,あるいは,他の光合成生物と融合し,より複雑な酸素発生型光合成生物へと進化したのではないかとの説が提唱されている.植物の葉緑体はシアノバクテリアが細胞内共生したものであり,植物を特徴づける酸素発生型光合成は,原核光合成生物ですでに完成していたといえる.

phylogenetic relationship.png

関連項目


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:44:19