水素発生[hydrogen evolution]

  緑藻類(クラミドモナスなど),シアノバクテリア光合成細菌による水素発生で,主に、ヒドロゲナーゼニトロゲナーゼの2種類の酵素が関与している.ヒドロゲナーゼは次の反応を可逆的に触媒するATP非依存型の酵素である.
 2H+ + 2e- ⇔ H2
 ヒドロゲナーゼのうち双方向性と呼ばれるものは生理的な条件に依存して水素の発生または水素の再吸収のどちらかの反応を触媒する.緑藻類が持つ双方向性ヒドロゲナーゼは中心金属が鉄のみで構成されており[FeFe]型ヒドロゲナーゼと呼ばれ,水素発生に必要な還元力は還元型フェレドキシンから供給される.シアノバクテリアや光合成細菌が持つ双方向性ヒドロゲナーゼは中心金属が鉄とニッケルから構成され[FeNi]型ヒドロゲナーゼと呼ばれ,水素発生に必要な還元力はNAD(P)H(NAD(H), NADP(H))から供給される.通常の生育条件下では,水素発生は光合成生物にとっては獲得したエネルギーの損失になるので,双方向性ヒドロゲナーゼの役割は,光合成生物が何らかのストレス条件下に置かれた場合に過剰な還元力を逃すことにあると考えられる.緑藻クラミドモナスの場合,通常培地で生育させて光合成産物を細胞内に蓄積後,硫黄欠乏培地に移してしばらく時間が経つと水素が発生する.これは次のような過程で起こると考えられる.まず,硫黄欠乏により光失活で損傷した光化学系IIのD1タンパクの修復ができなくなり,細胞分裂が停止するとともにルビスコなどの細胞内のタンパク質の分解が起こり,結果として細胞内に糖質が蓄積する.やがて,残存する酸素も呼吸により消費されて嫌気条件となり[FeFe]型ヒドロゲナーゼが発現し,水素の発生が起こる.水素発生は,細胞内に蓄積した糖質が枯渇するまで持続する.
 ニトロゲナーゼは次式の反応を不可逆的に触媒する複合体酵素で,副反応としてヒドロゲナーゼ活性をもち,必然的副産物として水素が発生する.ATP光リン酸化反応によって供給される.
 N2 + 8e- + 8H+ + 16ATP → 2NH3 + H2 + 16ADP + 16 Pi
   ニトロゲナーゼは光合成細菌や一部のシアノバクテリアが持つが,いずれも,窒素飢餓状態でニトロゲナーゼは発現する.また,同時に取り込み型ヒドロゲナーゼを持ち,ニトロゲナーゼにより発生した水素を再吸収しエネルギー損失を防いでいる.取り込み型ヒドロゲナーゼは生理的条件下では水素の再吸収だけを触媒し,遺伝子工学的に取り込み型ヒドロゲナーゼの活性を抑制すると発生する水素量は大幅に増加する.Nostoc属などの糸状性シアノバクテリアは窒素飢餓状態になるとヘテロシストと呼ばれる細胞を分化させてその内部でニトロゲナーゼを発現する.ヘテロシストは通常の光合成を行っている栄養細胞から光合成産物の供給を受け,逆にヘテロシストからは固定した窒素をアミノ酸として栄養細胞に供給している.ヘテロシストには光化学系Ⅱは存在せず,内部は嫌気的に保たれており酸素感受性のニトロゲナーゼの活性が維持されるので,栄養細胞における酸素発生を伴う光合成反応との両立が可能になっている.この関係を利用して酸素存在下でもニトロゲナーゼによる水素発生を長期間維持することが可能となる.

関連項目


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:46:24