始状態・終電子状態の対称性から遷移双極子モーメントがゼロとなり,起こらないと予想される遷移が実際観測される場合がある.これを禁制遷移と呼ぶ.遷移四極子モーメントが値をもったり,電子状態の混合が起こっている場合である.C2h対称交互炭化水素共役系をもつカロテノイドでは,基底1Ag-状態と励起1Bu+状態との間の遷移のみが許容となるはずであるが,他の2Ag-, 1Bu-, 3Ag-との遷移も共鳴ラマン,蛍光として観測される.1Bu+状態と接近した電子状態ほどこれらは強く観測されるので,禁制が破られる主な原因は1Bu+状態との混合であると解釈される.また最低三重項状態から基底状態への遷移はスピン禁制と予測されるが,実際リン光として観測される.スピンの磁気モーメントと電子の軌道運動による磁場との相互作用が原因である.禁制遷移は一般に強度がきわめて低い.