プラシノ藻 [prasinophytes, prasinophyceans]†
原始的な緑色植物の一群.単細胞遊泳性または不動性のものが多いが,群体を形成する種も若干存在する.細胞は有機質の鱗片(形態は極めて多様)に覆われるものが多いが,細胞外被を欠くものや細胞壁をもつものもいる.葉緑体は1個,側膜性,チラコイドや細胞質が陥入したピレノイドをもつものが多いが,これを欠くものもいる.光合成色素組成は多様であり,基本的に他の緑色植物と同様にクロロフィルa,b,マグネシウムジビニルプロトクロロフィリド (MgDVP) ,ルテイン,ネオキサンチン,ゼアキサンチン,ビオラキサンチン,アンテラキサンチン,β-カロテン(およびときにα-カロテン)をもつが,クロロフィルc 様色素(Chl cCS-170)やプラシノキサンチン,ウリオリド,マイクロモナール,シフォナキサンチン,ロロキサンチンなど特異な色素がさまざまなグループに存在する(下記参照).
遊泳細胞において,鞭毛の数や生じる位置は多様である.鞭毛運動も他の緑色植物と同様に等運動性のものもいるが,不等運動性のものも多い.遊泳細胞はふつう細胞側面に眼点をもつ. ふつう二分裂によって増殖する.有性生殖についてはほとんど未知であるが,同形配偶が報告されている.
多くは海に植物プランクトンとして生育するが,底生種や淡水種も知られる.
緑色植物のさまざまな初期分岐群をまとめたものであり,単系統群ではない.緑色植物の他の群内ではほぼ一定である光合成色素組成や遊泳細胞形態に大きな多様性が存在することは,緑色植物の初期進化の多様性を反映しているものであると考えられている.一般的にプラシノ藻綱(Prasinophyceae; またはマイクロモナス藻綱 Micromonadophyceae)としてまとめられてきたが,非単系統群であるため現在ではいくつかの綱に分割されつつある.緑色植物の初期分岐群(プラシノ藻として扱われていなかったものも含む)としては下記のおよそ10群が認識されている(下記以外にも環境DNAのみが知られ実体が不明な系統群もいくつか存在する).分子系統解析によれば,下記に記したグループのほとんどは緑藻植物の初期分岐群であり,唯一メソスティグマ藻綱のみはストレプト植物の基部に位置する.
- マミエラ藻綱 (Mamiellophyceae)
- 単細胞遊泳性または不動性.小形のものが多く,知られている限り最小の真核藻類(直径0.8 µm)であるオストレオコッカス(Ostreococcus)もマミエラ藻綱に属する.葉緑体は1個,ふつうピレノイドをもつ.光合成色素組成は多様であり,マミエラ目はときにクロロフィルc 様の色素(Chl cCS-170)をもち,またMgDVP量が多いことがある.またルテインやネオキサンチン,ビオラキサンチンなど緑色植物に一般的なカロテノイドに加えて,プラシノキサンチン,ウリオリド(uriolide),マイクロモナール(micromonal),マイクロモノール(micromonol),ジヒドロルテイン(dihydrolutein)および未同定のカロテノイド(M1,Z1,Z2)などが報告されている.またCrustomastixはシフォナキサンチンをもつ.遊泳性種は細胞腹面から前後に伸びる不等鞭毛(ときに1本が退化)をもち,細部背面に眼点が存在する(ときに欠く).明瞭な細胞外被を欠くか,または1層の鱗片(ふつうクモの巣状鱗片)で覆われる.他のプラシノ藻に一般的な小方鱗片を欠く点で特異である.オストレオコッカスとマイクロモナス(Micromonas)で核ゲノム塩基配列が,また数種で色素体DNA塩基配列が報告されている.二分裂によって無性生殖を行う.有性生殖は未知であるが,ゲノム情報からその存在が示唆されている.主に海洋に植物プランクトンとして生育し,特に沿岸域では多い.マミエラ目(e.g., Micromonas,Mantoniella, Bathycoccus,Ostreococcus),ドリコマスティックス目(e.g., Crustomastix),モノマスティックス目(Monomastix)が含まれる.緑藻植物の初期分岐群の1つであり,近年,独立の綱とされた.
- ピラミモナス目 (Pyramimonadales)
- 単細胞遊泳性.カロテノイド組成には多様性があり,シフォナキサンチンまたはロロキサンチン(およびそれらのエステル)を含むものが報告されている.Pyramimonas parkeaeで色素体DNA塩基配列が報告されている.細胞腹面〜頂端の窪みから生じる4(まれに8,16)本の等運動性鞭毛をもつ.眼点は細胞側面に位置する(ときに欠く).小方鱗片とクモの巣状鱗片(およびその派生型)に覆われている.二分裂によって増殖する.1本鞭毛性の配偶子と考えられる細胞や,細胞壁に囲まれた不動性の細胞相(ファイコーマ phycoma)の存在がいくつかの種で示されている.Pyramimonas,Halosphaera,Cymbomonas,Pterosperma などが含まれる.系統的に緑藻植物の初期分岐群の1つであり,マミエラ藻綱の姉妹群であることが示唆されている.おそらく独立の綱として扱われることになると思われる.色素体DNAの分子系統解析からは,ユーグレナ藻の葉緑体の起源となったことが示されている.
- “プラシノコッカス目” (“Prasinococcales”)
- 細胞壁に覆われた不動性単細胞または群体.葉緑体は1個,ミトコンドリアを伴う細胞質が陥入したピレノイドをもつ.カロテノイド組成はマミエラ藻綱マミエラ目のものに似るが(プラシノキサンチン,ウリオリド,ジヒドロルテイン,Z1,Z2,一部はマイクロモノール),M1を欠く.数種で色素体DNA塩基配列が報告されている.遊泳細胞期は見つかっていない.出芽様の不等分裂によって無性生殖を行う.海産.Prasinococcus,Prasinodermaが含まれる.正式に提唱された分類群名ではないが,緑藻植物の初期分岐群の1つである.
- “シュードスコウコウルフィルディア目”(”Pseudoscourfieldiales”)
- 単細胞遊泳性または不動性.葉緑体はカップ形,ミトコンドリアを伴う細胞質が陥入したピレノイドをもつ.カロテノイド組成はマミエラ藻綱マミエラ目のものに似るが(プラシノキサンチン,ジヒドロルテイン,Z1,Z2),一般的にはウリオリドやマイクロモナール,M1を欠く.Pycnococcus provasoliiで色素体DNA塩基配列が報告されている.遊泳細胞は細胞後方(側方?)から生じる2本の不等長鞭毛をもつ.不動性種は蓋状構造をもつ細胞壁に覆われている.二分裂(不動性細胞では出芽様の不等分裂)によって無性生殖を行う.海洋にプランクトンとして生育する.Pseudoscourfieldia,Pycnococcusが含まれる.正式に提唱された分類群名ではないが,緑藻植物の初期分岐群の1つである.
- パルモフィルム目(Palmophyllales)
- 細胞壁をもつ球形の細胞が共通の粘液質に包まれ,巨視的なパルメラ状群体を形成する(そのため海藻として扱われることもある).葉緑体は1個,カップ状,ピレノイドを欠く.ルテイン,ネオキサンチン,ビオラキサンチン等を含み,クロロフィルb量が多い.出芽様の不等分裂によって無性生殖を行う.海産,底生性であり,水深100 m以深からも報告されている.Palmoclathrus,Palmophyllum,Verdigellasを含む.
- ネフロセルミス藻綱(Nephroselmidophyceae)
- 単細胞遊泳性.葉緑体は1個,チラコイドが陥入したピレノイドをもつ.カロテノイド組成に多様性があり,ルテインやネオキサンチン,ビオラキサンチンに加えて多くの種はシフォナキサンチンとそのさまざまなエステルをもち,またγ-カロテンやロロキサンチンをもつ種もいる.Nephroselmis olivaceaとN. astigmaticaで色素体DNA塩基配列が報告されている.細胞側面から前後に伸びる2本の不等運動性鞭毛をもつ.眼点はふつう前鞭毛基部付近に存在し,微小管性鞭毛根(R3)が接している.さまざまなタイプの小形鱗片とふつう大形の星状鱗片に覆われている.二分裂によって無性生殖を行う.プラシノ藻としては唯一,同形配偶による有性生殖が報告されている.多くは海洋に生育するが,淡水種も知られる.ネフロセルミス属(Nephroselmis)のみを含む.近年独立の綱とされた.
- ピコシスティス類
- 今のところピコプランクトン性(直径2–3 µm)の単細胞不動性緑藻であるPicocystis salinarumのみが記載されている.葉緑体は1個,ピレノイドを欠く.カロテノイド組成が特異であり,モナドキサンチン,アロキサンチン,ディアトキサンチン, ルテイン,ネオキサンチン,ビオラキサンチン,ゼアキサンチン,β-カロテン,α-カロテンなど一部他の緑色植物では見られないカロテノイドが報告されている.色素体DNA塩基配列が報告されている.多糖質性の薄い細胞外被で覆われる.自生胞子形成によって増殖する.塩湖で見つかっている.系統的に比較的近縁な(ただし最近の研究からはPicocystisとの単系統性は否定されている)未同定株がいくつか存在し,そのうちの1つ(CCMP 1205)で色素体DNA塩基配列が報告されている.また同様な未同定株(RCC 287)では緑色植物に一般的なカロテノイド組成が報告されている.
- ペディノ藻綱(Pedinophyceae)
- 単細胞遊泳性.細胞は裸,または薄い細胞外被(テカ)で覆われる.葉緑体は1個,ピレノイドをもつ.カロテノイドとしてルテイン,ネオキサンチン,ビオラキサンチン,ゼアキサンチン,α-カロテン,β-カロテン,γ-カロテンなどをもち,また種によってリコペンや ルテイン 5,6-エポキシドが報告されている.Pedinomonas minorで葉緑体DNA塩基配列が報告されている.細胞腹面から後方へ伸びる1本の鞭毛をもつ.眼点は細胞背面に位置する.二分裂によって無性生殖を行う.海水から淡水域に生育し,ヤコウチュウに共生する種も知られる.Marsupiomonas,Pedinomonas,Resultomonas(Resultor)などを含む.緑藻植物の主要群(chlorophyceans綱,アオサ藻綱,トレボウクシア藻綱)に比較的近縁であることが示唆されている.葉緑体DNAに基づく系統解析ではトレボウクシア藻綱クロレラ目に含まれることが示されるが,他の情報からはこの関係は支持されていない.
- クロロデンドロン藻綱(Chlorodendrophyceae)
- 単細胞遊泳性または付着性樹状群体を形成する.葉緑体は1個,多くは細胞質基質が陥入したピレノイドをもつ.カロテノイドとしてルテイン,ネオキサンチン,ビオラキサンチン, アンテラキサンチン,ロロキサンチン(およびそのエステル),α-カロテン,β-カロテン,γ-カロテンなどが報告されている.細胞頂端の窪みから4本の等鞭毛が生じている.眼点は細胞側方に位置し,大形なことが多い.細胞は鱗片が融合してできた薄い細胞壁(テカ)で覆われる.二分裂(不動状態になってから分裂)によって無性生殖を行う.海産種が多いが,淡水富栄養湖で多くみられこともある.比較的増殖が良いため,魚介類の初期餌料とされることがある.Tetraselmis,Scherffeliaが含まれる.緑藻植物の主要群(緑藻綱,アオサ藻綱,トレボウクシア藻綱)に極めて近縁である.
- メソスティグマ藻綱(Mesostigmatophyceae)
- 単細胞遊泳性.Mesostigma のみを含む.葉緑体は1個,ふつうピレノイドを2個もつ.カロテノイドとしてルテイン,all-trans ネオキサンチン(他の緑色植物に一般的な9’-cisネオキサンチンを欠く),シフォナキサンチンおよびそのエステル,アンテラキサンチン,ビオラキサンチン,リコペン,β-カロテン,γ-カロテンなどが報告されている.Mesostigma virideで葉緑体DNA塩基配列が報告されている.眼点は大きく,細胞中央背側,基底小体に近接して存在する.二分裂によって増殖する.淡水止水域にプランクトンとして出現する.プラシノ藻として扱われる藻類の中で唯一,ストレプト植物(陸上植物を含む系統群)に属することが示されている.このため広義の車軸藻類(側系統)に含まれることもある.