カロテノイドの生合成[carotenoid biosynthesis, carotenogenesis]

 光合成生物における多種多様なカロテノイドは,分類群毎に特異性があり,また固有な生合成経路で説明することができる.全てに共通な初期段階ではフィトエンの生合成リコペンの生合成に示した経路でリコペンが合成される.その後の経路は陸上植物,藻類,シアノバクテリア紅色細菌緑色糸状性細菌緑色硫黄細菌ヘリオバクテリアに分けた.

1. カロテノイドの生合成(陸上植物)[carotenogenesis of land plants]

 陸上植物(コケ植物・シダ植物・種子植物)の葉緑体β-カロテンビオラキサンチンネオキサンチンルテインの4種類のカロテノイドを主成分とし,同じ生合成経路を持っている.花弁,果実など光合成器官以外の色素体には上記カロテノイドの中間体や誘導体なども存在する.
 フィトエンの生合成リコペンの生合成によりリコペンが合成される.リコペンのΨ末端基がリコペンβ-シクラーゼ(CrtL, CrtY)により環化してβ末端基に変わり,γ-カロテンを経てβ-カロテンが合成される.この遺伝子は陸上植物(crtL),シアノバクテリア好気性光合成細菌(crtY)から単離されて相同性がある.一方,リコベンのΨ末端基をε末端基に変えるリコペンε-シクラーゼ(CrtL-e)は陸上植物からのみ単離されている.リコペンのみ基質になってδ-カロテンが合成されるが,γ-カロテン,δ-カロテンは基質にならない.δ-カロテンは次にCrtL-bによりα-カロテンに変わる.またβ-カロテンはβ-カロテン水酸化酵素(CrtR-b, CrtR)によりゼアキサンチンになる.この遺伝子は陸上植物,シアノバクテリアから単離されている.一方,α-カロテンはCrtR-bとε-カロテン水酸化酵素(CrtR-e)によりルテインになる.ゼアキサンチンはゼアキサンチンエポキシダーゼ(ZEP)によってアンテラキサンチンを経てビオラキサンチンに変わる.強光条件ではビオラキサンチンデエポキシダーゼ(VDE)が逆反応を行い,キサントフィルサイクルはこの2種類の酵素により調節される.最後にビオラキサンチンは9'-シス-ネオキサンチンに変わる.ネオキサンチン合成酵素(NSY)が同定された.また葉緑体のネオキサンチンはすべて9'-シス型であることからシス異性化酵素もあると考えられている.CrtL-b,CrtL-e,NSYは互いに酵素の反応機構が似ており,またアミノ酸配列に相同性がみられる.特に活性中心部分は一部のアミノ酸の置換があるのみである.同一機能をもつ酵素が複数存在する種,葉緑体と色素体で使い分けている種もある.

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2. カロテノイドの生合成(藻類)[carotenogenesis of algae]

 藻類の系統分類がまとまりつつある中,分類群毎に特有なカロテノイド組成と生合成経路が再検討されつつある.生合成中間体の量が少なく同定が難しいこともあり,存在カロテノイドの構造式を基に,陸上植物などとの比較から生合成経路が推定されている.リコペンまでの生合成は陸上植物と同じと考えられている.

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2-1. 紅藻,灰色藻,クリプト植物[Rhodophyta, Glaucophyta, Cryptophyta]

 灰色藻と一部の紅藻β-カロテンゼアキサンチンを主成分とする.リコペンがβ-カロテンを経てゼアキサンチンになる経路は陸上植物と同じである.一部の紅藻はアンテラキサンチンを主成分とする.ゼアキサンチンがゼアキサンチンエポキシダーゼにより変換すると考えられるが,陸上植物の酵素(ZEP)と相同性があるかは判っていない.一部の紅藻はβ-カロテンとゼアキサンチンだけでなく,α-カロテンルテインを持っている.この合成経路も陸上植物の酵素と相同性があるかは判っていない.クリプト植物はアセチレン基を持つアロキサンチンが主成分である.アセチレン基はゼアキサンチンの二重結合が酸化したと考えられ,褐藻などに見られるジアジノキサンチンのアセチレン基とは合成経路が違うと考えられる.α-カロテンの誘導体であるモナドキサンチンなども持つ.

2-2. 不等毛植物[Heterokontophyta]

 不等毛植物褐藻類や珪藻類などを含み,大部分はフコキサンチンを主成分とする.生合成の酵素や遺伝子はまだ同定されていない.化学構造の比較からネオキサンチンがフコキサンチンに変化したと考えられる.ジアジノキサンチンサイクルを担うジアジノキサンチンもネオキサンチンから合成されると考えられる.α-カロテンとその誘導体を持たない.

2-3. 渦鞭毛植物[Dinophyta]

 渦鞭毛植物の内、紅藻が二次共生した種はペリジニンジアジノキサンチンが主成分である.緑藻類などが三次共生した種はカロテノイド組成が複雑で充分な解析ができていない.生合成の酵素や遺伝子はまだ同定されていない.ペリジニンは,他には見られないC37のカロテノイドであり,C40カロテノイドの炭素C-12’,13’,20’の欠失であるが,脱離機構は判らない.トレーサー実験ではゼアキサンチンネオキサンチンを経てペリジニンとジアジノキサンチンに変化した.三次共生種の一部を除き,α-カロテンとその誘導体を持たない.

2-4. 緑藻類[Chlorophyta]

 緑藻類の大部分は陸上植物と同じ4種類のカロテノイド(β-カロテンビオラキサンチンネオキサンチンルテイン)を主成分とし,一部の生合成酵素や遺伝子が判明しているので,同じ合成経路を使っている.一部はα-カロテンの誘導体であるプラシノキサンチンロロキサンチンあるいはシフォナキサンチンとその脂肪酸エステルを含む.

3. カロテノイドの生合成(シアノバクテリア)[carotenogenesis of cyanobacteria]

 シアノバクテリアは多種多様なカロテノイドを持っているが,いくつかの合成経路に分類でき,種によって持っている合成経路の違いや酵素の基質特異性の違いなどで説明できる.カロテノイドの生合成遺伝子は紅色細菌と異なりクラスターを形成していないため,解明できない部分もある.
 Synechocystis sp.PCC 6803やAnabaena sp. PCC 7120(別名Nostoc)の主なカロテノイド生合成遺伝子とその酵素の機能が確認された.ゲラニルゲラニルピロリン酸合成酵素(CrtE) (相同性のみ),フィトエン合成酵素(CrtB),フィトエン不飽和化酵素(植物型) (CrtP),ζ-カロテン不飽和化酵素(CrtQ),シス-カロテン異性化酵素(CrtH)によりリコペンが合成される.リコペンからβ-カロテンの合成は一部の種でリコペンβ-シクラーゼ(CrtL, CruA)の機能が確認されているが,多くの種からこれらに相同性のある遺伝子が見つかってはいるが機能を確認できない.β-カロテン水酸化酵素(CrtR),β-カロテン-2-水酸化酵素(CrtG),β-カロテンケト化酵素(CrtO, CrtW)もある.しかし,crtRの塩基配列は細菌のβ-カロテンケト化酵素crtWcrtOErwiniacrtIに類似している. ミクソール配糖体の生合成遺伝子は類似の遺伝子がないためまだ特定されていない.Synechocystis sp. PCC 6803はミクソール-2'-(2,4-O-ジメチル-α-L-フコシド),Anabaena sp. PCC 7120はミクソール-2'-(α-L-フコシド)と,糖部分にも多様性がある.

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 Synechococcus sp. PCC 7002においても生合成経路と酵素が調べられているが、他のシアノバクテリアと違いが見られ,ミクソール合成の水添加酵素(CruF)と糖転移酵素(CruG)が見つかったが,シアノバクテリアに共通かは判らない.

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4. カロテノイドの生合成(紅色細菌)[carotenogenesis of purple bacteria]

 紅色細菌における多種多様なカロテノイドは,最終産物がスピリロキサンチンである標準型スピリロキサンチン経路を基本とし,他のカロテノイドをもつ紅色細菌については,標準型スピリロキサンチン経路の一部の酵素の欠損あるいは活性の低下,新たな酵素の獲得により経路が変化した変化型スピリロキサンチン経路で説明ができる.紅色硫黄細菌Chromatiaceaeの14種のみ,片方の末端基が芳香環のχ末端基であるオケノンを合成する.この合成経路の由来や詳細は判っていない.

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4-1. 標準型スピリロキサンチン経路[Normal spirilloxanthin pathway]

 紅色細菌の半数以上の種はスピリロキサンチンを主成分とする.まずリコペンのΨ末端基に対するC-1,2水添加酵素であるヒドロキシニューロスポレン合成酵素(CrtC)が三級水酸基をつくり,C-3,4不飽和化酵素であるメトキシニューロスポレン不飽和化酵素(CrtD),次いで水酸基のメトキシ化酵素であるヒドロキシニューロスポレンメトキシ化酵素(CrtF)が働く.次いで反対側を同様に修飾してスピリロキサンチンが合成される.最終産物ばかりでなく,いくつかの中間体も必ず存在する.片側をCrtC, CrtD, CrtFの順に修飾してから,反対側を修飾する機構は判っていない.

4-2. 変化型スピリロキサンチン経路[Unusual spirilloxanthin pathway]

 Rhabdochromatiumリコペンを蓄積するが,CrtCの活性低下によりロドピンを合成できないと考えられる.PhaeospirillumThermochromatiumなどはロドピンを蓄積するが,CrtDの低活性化とC-3,4が単結合でCrtFの基質にならないためと考えられる.一方,Rhodospiraなどはテトラヒドロスピリロキサンチンを蓄積するが,この場合はCrtDが欠損しているが,C-3,4が単結合でもCrtFの基質になるため不飽和化(CrtD)を抜かしてメトキシ化(CrtF)が起こると考えられる.C-1水酸基のままであるデメチルスフェロイデンを蓄積するRhodobacaはCrtF活性が低下したためと考えられる.

4-3. スフェロイデン経路[Spheroidene pathway]

 Rhodobacterと近縁の属はスフェロイデン経路をもつ.フィトエン不飽和化酵素(細菌型) (CrtI)の変異のため3段階不飽和化したニューロスポレンまでしか合成できない.そのΨ末端基のみがCrtC,CrtD,CrtFにより変化してスフェロイデンができる.さらに微好気条件では2-ケト化活性をもつスフェロイデンモノオキシゲナーゼ(CrtA)によりスフェロイデノンに変わる.右端にも水添加できるCrtCをもつ種があり,OH-スフェロイデン,OH-スフェロイデノンを合成する.したがって,このスフェロイデン経路はCrtIの変異とCrtAの獲得による変化型スピリロキサンチン経路の一つである.

4-4. カロテナール経路[Carotenal pathway]

 Rhodoblastus (旧名Rhodopseudomonas) acidophilusなどはロドピンまでしか合成できないが,カロテナール経路により嫌気条件下でロドピンのC-20メチル基をアルデヒド基に変えてロドピナールを合成する.Rbl. acidophilusのみさらにこれらにグルコースを結合してロドピングルコシドなども合成する.CrtDの不活性化とC-20アルデヒド化酵素の獲得による変化型スピリロキサンチン経路の一つと考えられる.

5. カロテノイドの生合成(緑色糸状性細菌)[carotenogenesis of green filamentous bacteria]

 緑色糸状性細菌Chloroflexus aurantiacusでは,存在するカロテノイドから次のような生合成経路が考えられているが,酵素機能は調べられていない.多量のγ-カロテンβ-カロテンは主にクロロソームに,カロテノイド配糖体エステルは細胞膜に存在する.ケト基が付いたエキネノンをもつ種もある.

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6. カロテノイドの生合成(緑色硫黄細菌)[carotenogenesis of green sulfur bacteria]

 緑色硫黄細菌Chlorobium tepidumでは酵素・遺伝子が調べられ,生合成経路がほぼ判明した.リコペンの生合成には植物型のCrtP, CrtQ, CrtHが関与する.次いでリコペンの片方あるいは両方の末端基が,リコペンβ-シクラーゼ(CruA)によりβ末端基に変換し,さらにイソレニエラテン合成酵素(CrtU)により芳香環のφ末端基に変換して,クロロバクテンあるいはイソレニエラテンが合成される.種により片方のみあるいは両方のカロテンをもつ.γ-カロテンとクロロバクテンに水添加酵素(CrtC),糖転移酵素(CruC),エステル化酵素(CruD)が働き,カロテノイド配糖体エステルを合成する.リコペンシクラーゼ(CruA)はCrtY/CrtLとは相同性がない.4種類のカロテンは主にクロロソームに,カロテノイド配糖体エステルは細胞膜に存在する.

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7. カロテノイドの生合成(ヘリオバクテリア)[carotenogenesis of heliobacteria]

 ヘリオバクテリアは炭素数30のカロテンしか合成できない.Staphyllococcusから単離された遺伝子の性質から類推して,ゲラニルゲラニルピロリン酸合成酵素(CrtE)が働かないため,フィトエン合成酵素(CrtB)に類似したジアポフィトエン合成酵素(CrtM)が,C15であるファルネシルピロリン酸(FPP)から,C30であるジアポフィトエンを合成し,さらにフィトエン不飽和化酵素(細菌型)(CrtI)に相同性のあるジアポフィトエン不飽和化酵素(CrtN)が不飽和化を触媒してジアポニューロスポレンを合成すると考えられる.HeliobacillusからcrtNのみDNA塩基配列の相同性から見つかった.図には比較のため点線でC40合成経路も示した.

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関連項目


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